エピクロスの快楽主義の検討(4)欲望分類

      2017/03/01

エピクロスの欲望の分類について詳しく見て行きたいと思います。またそれに対するキケロの批判も確認していきます。

 

3種類の欲望

1.自然かつ必須な欲望

2.自然だが必須ではない欲望

3.自然でも必須でもない欲望

われわれは、自然を強制すべきではなくて、自然に服従すべきである。そして、自然に服従する道は、(自然で)必然的な欲望を満たし、自然な(必須でない)欲望も、害にならないかぎりこれを満たし、害になる欲望はこれを厳しく退けることにある。

(『ヴァチカン箴言集(以下VS)』 21)

欲望の選択

エピクロスは、このように欲望を3つに区別しました。そこで人間が選択すべきは第1の「自然かつ必須な欲望」であり、回避すべきは第3の「自然でも必須でもない欲望」であるとしました。

さらに第2の「自然だが必須ではない欲望」については基本的に選択すべきであるとしました。なぜなら欲求を満たすことは人間に快をもたらし苦しみを除去するのに役立つから、ということです。

しかしその欲求があまりに激しいものは、第3の「自然でも必須でもない欲望」と同じようにむなしい臆見によって生まれたものであるといいます。エピクロスは、自然な欲望は容易に解消するが、激しい欲望は解消が困難であるといいます((ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』第10巻130)。解消が困難である欲望は、もはや自然のものではない。自然ではない欲望は臆見によって生まれたものである、と述べています。

自然な欲望

なぜ自然な欲望は容易に解消されるのでしょうか。自然的な欲望には2種類あり、「必須なもの」と「必須ではないもの」とされます。エピクロスによれば、さらに必須な欲望は3種類に分けられます。(ごちゃごちゃしてきました。キケロはこの辺りについて「エピクロスは頭が悪い」と批判していますw)

必須な欲望の3種類

1.幸福を得るため

2.肉体の煩いのないことのため

3.生きることそれ自身のため

ディオゲネス・ラエルティオス 10.127

自然で必須な欲望とは「満たされなければ苦しみとなる欲望」です。さて、この3種類はどういう区分でしょうか。

第1の「幸福を得るために欠かせない欲望」とは、精神的欲望を指します。というのも、それが身体に関わる欲望ならば、第2の「肉体の煩いのないことのための欲望」と区別する必要がないからです。

エピクロスは思慮について、快やその他の徳の源であり、最大の善であるといいます。幸福を得るためには身体の健康と心境の平静が必要です。健康についての欲望は第2の欲望であるから、第1の欲望が指す内容は「心境の平静」であると言えます。では、その心境の平静はどのように獲得されるか。ひとつは、思い込みのないように、つまり余計な不安や恐怖に「精神を」煩わされないように。自然や神々についての正しい認識のことであるとします。

 

第2と第3は同じこと?

ところで、第2の「肉体の煩いのないことのための欲望」と第3の「生きることそれ自身のための欲望」については、以下の2つの断片を見る限りでは、両者は同じことを言っているように思われます。

飢えないこと、渇かないこと、寒くないこと、これが肉体の要求である。これらを所有したいと望んで所有するにいたれば、その人は幸福にかけてはゼウスとさえ競いうるであろう。(ヴァチカン断片集.33)

飢えないこと、渇かないこと、寒くないこと、これらが肉体の叫びである。これらの叫びを抑えることは、霊魂にとって難しいことである。のみならず、霊魂それ自身が日毎に自己充足を得るようになっているからといって、霊魂に訴える自然の声を無視し去ることは、霊魂にとって、危険なことである。(その他の断片集2.44)

 

「肉体の要求・肉体の叫び」とは第2の欲望で示された「肉体の煩い」を指すでしょう。これらは「3.生きることそれ自身のための欲望」にも関わってきます。上の断片での「肉体の要求・叫び」は、衣食住の欲求であると言えます。そして衣食住は生きることそれ自身のために必要な欲求です。

つまり、第2の「肉体の煩いのないことのための欲望」というのは、第3の「生きることそれ自身のための欲望」が基礎になる欲望ではないでしょうか。言い換えれば、第3の「生きることそれ自身のための欲望」が満たされないことにより、第2の「肉体の煩いのないことのための欲望」が生じるのではないでしょうか。

第2の欲望が第3の欲望が充足されないことにより発生するとすれば、欲望が一段進み、具体化したものと言えます。もしそうであれば、第2は第3からの派生であり、第2・第3と分類するのがそもそもおかしくなります。この辺り、キケロはばっちり批判しています。キケロによればエピクロスは論理学を軽視していたため、このような矛盾する論理がいくつも見られると容赦なく言い立てます。

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