菊池寛『無名作家の日記』以上におもしろいギャグ小説を誰か教えてくれ




 

『無名作家の日記』はクリエイターの苦悩を描いたユーモア小説だ

青空文庫で読める、菊池寛『無名作家の日記』のあらすじと感想。

これほど抱腹絶倒の小説は、これのほかには、ドストエフスキー『地下室の手記』くらいのものであろう。

 

プロの作家を目指す主人公の「俺」の日記である。

彼は自らの才能のなさを嘆き、また才気あふれるライバルたち(特に山野)にひたすら嫉妬するという物語である。

菊池寛 無名作家の日記 – 青空文庫

 

とうとう京都へ来た。山野や桑田は、俺が彼らの圧迫に堪らなくなって、京都へ来たのだと思うかも知れない。が、どう思われたって構うものか。俺はなるべく、彼らのことを考えないようにするのだ。

 

主人公は大学で京都にやってきたのだ。

 

が、俺はこの頃、つくづくある不安に襲われかけている。それはほかでもない。俺は将来作家としてたっていくに十分な天分があるかどうかという不安だ。

今すべての成心を去って、公平に自分自身を考えると、俺は創作家として、なんらの素質も持っていないように思われる。

俺は、どうして創作家になることを志したのだろうか。どうして文学を志したのだろう。

それは、俺は中学時代に作文が得意であったという、愚にもつかない原因だった。

先生にちょっと褒められて、小説家を目指すことになった主人公。

 

そして高校時代の同期であり、勝手にライバル視している山野。これは芥川龍之介がモデルとされている。

 

俺は、いつも山野が、自分の人格の強みを頼りとして、無用に他人を傷つけるような態度に出るのが不快だった。

が、それにもかかわらず、あいつの才分を認めないわけにはいかなかった。

山野でも桑田でも、確かに第一歩は踏み出しているのだ。しかるに俺は、あの頃はむろんのこと、今でも何もやっていない。

 

作家を志しながら、何も創作活動をしていない俺。口だけは達者で作業量が少ないというアマチュアクリエイターの典型である。

 

ことに、山野となると、意識的に俺を圧倒しようと掛っていた。あいつは、自分の秀れた素質を、自分より劣った者に比較して、そこから生ずる優越感でもって、自分の自信をつちかっているという、性質たちの悪い男であった。

いつだったか、俺が芳田幹三の、「潮」を読んで感心していると、あいつは「なんだ!『潮』が面白い!そいつは、少し困ったなあ」と、嘲笑したっけ。

あいつは、俺が少しでも、甘そうなものを読んでいると、きっと前のように嫌がらせをいった。それと同時に、俺がイプセンの「ブラン」のように少し難解な物を、読んでいると、「ほう!『ブラン』かい! 君に分かるかい!」と、いいやがった。

 

山野はひどく嫌味で性格の悪い人物として描かれている。

そして山野に馬鹿にされ続ける主人公。山野が嫌で、京都に来たのだ。

大学に入ると、心機一転、山野を見返してやろうと、執筆活動を開始する主人公。

 

俺は、彼らに対抗するために、戯曲「夜の脅威」を書いている。

 

これを書きあげ、京都の大学の文学教授(上田敏がモデル)に提出を試みる。

もしこれを教授が気に入れば、雑誌に推薦してもらえるかもしれないという希望だ。間接的な持ち込みみたいなものだ。

だが、教授は待てど暮らせど読んでくれる気配がない(笑)

 

そうこうしている間に、山野から手紙が来た。同人誌を発行するという報告だ。

 

俺は、今日東京の山野から、不快きわまる手紙を受け取った。僕たちは、来年の三月から、同人雑誌を出すのだ。雑誌の名は多分「×××」と付くだろう。まあ刮目かつもくして、僕たちの活動ぶりを見てくれ給え。

 

俺は不快になる。

 

そして心のうちで山野らの「×××」が、一日も早く廃刊することを祈った。そして「×××」が、なるべく文壇から注目されないことを祈った。実際俺は、俺の全人格をもって、同人雑誌「×××」を呪っていたのだった。

 

しかし同人誌は発刊される。これは「新思潮」がモデル。

 

とうとう、同人雑誌「×××」が出た。さすがに俺にも一部送ってきた。

俺は巻頭に載せられた山野の小説「顔」を、恐る恐る読んだ。俺はそれが不出来で、愚作で全然彼の失敗であることを祈りながら読んだ。

 

だが「顔」は素晴らしい内容だった。(これは「鼻」がモデル。)

芥川龍之介 鼻 – 青空文庫

 

もし、「顔」が、山野、否、俺の友人の作品でなかったら、俺はどんなに驚喜したことだろう。それが、俺の競争者しかも俺を踏みつけようとする山野の作品であるために、俺は全力を尽して、その作品から受ける感銘を排斥しようとした。が、俺は山野の作品の価値を認めぬわけにはいかなかった。

 

そこへ京都の大学の友人で、同じくプロの文筆家を志している吉野君がやってくる。

 

するとそこへひょっこり吉野君がやって来た。俺は、この時ぐらい吉野君を頼もしく思ったことはない。俺は、吉野君と一緒に「×××」の悪口をいいたかったからである。吉野君も恐らく、同じ目的で、俺を訪問したのかもわからなかった。

「やあ! 君も『×××』読んでいたのか。僕も今朝本屋で買ったよ。案外いいものはないね

「山野の『顔』はどうだい」ときいた。

「軽妙だ。しかしあんなものは、誰にだって書けるじゃないか。少なくとも江戸っ子には書けるね」と江戸っ子たる吉野君は昂然としていった。俺の良心は、吉野君のいっていることに、全然反対した。が、俺の感情は吉野君のいったことに満幅の賛意を表した。

「桑田君の『闖入者』もあまりよくないね。古い! まるで、自然主義から一歩も出ていないのだ」

俺は段々心強くなった。俺は、今日ほど吉野君を尊敬したことはなかった。

 

俺の願いもむなしく、新思潮は好評を博し、吉野らは他雑誌でも作品を寄稿するようになる。

そこへ、山野が再び手紙をよこす。

 

「この頃は僕もほかの雑誌から原稿を頼まれるし、桑田も近々ほかの雑誌に書くだろうから、『×××』は自然誌面に余裕ができるので、君の作品も紹介し得る機会がたびたび来るだろうと思う。だから、君もいいものがあったら、遠慮しないでどしどし送ってくれ給え。むろんあまりひどいものは困るが、水準レベル以上のものならよろこんで紹介するから」

この手紙を読んだ時、俺は今まで山野に対して懐いていた嫉妬や反感を恥かしいとさえ思った。

 

そして書きあげた戯曲『夜の脅威』を教授から取り返し(教授は全く読んでいない)、吉野へ送る。そして返事が来る。

 

「僕たちは皆、君の『夜の脅威』を読んだ。そしていい合わしたように、多大な失望を感じた。

 

吉野からの返事は、俺の作品への酷評だった。

 

罠! 俺は確かに山野の掛けた罠に掛ったのだ!

 

おまけ:島本和彦『アオイホノオ』と菊池寛の作風が似すぎ

島本和彦の最近の作品に『アオイホノオ』というまんががある。

これは、ひとかどのクリエイター(まんが・アニメ業界)を目指す主人公ホノオモユルが、プロのまんが家を目指していく学園まんがである。

 

ホノオは口ばかり達者で、地道にコツコツと作業することが嫌い。面倒くさがりだ。

「オレはいつでもプロになれる」と言って、何も作品を書かない。

 

そしてライバルに庵野秀明がいる。

庵野の提出する大学課題用の作品を見て、その出来栄えと庵野のすぐれた才能に驚くホノオ。

何回か庵野の作品が提出されるが、そのたびに「頼む庵野、つまらないものを作ってくれ!」と祈る。

 

しかし結局庵野の作る映像はおもしろい。直後に、学食で仲間と昼食を食べ、「ああ、庵野の文句が言いたい!」と心で叫ぶ。

 

全く構造が同じではないか!

菊池寛好き、または、アオイホノオが好きな人なら、必ずもう一方も楽しめると思う。