斎藤緑雨『小説八宗』要約と解説|明治近代文学への挑戦的パロディ

風刺作家としての斎藤緑雨(1868-1904)の出世パロディ『小説八宗』についての話。

斎藤緑雨の風刺性

緑雨は36歳という若さで世を去りますが、明治時代の坪内逍遥を始めとする、西洋から受け入れられた文学観を明確に否定した、稀有な作家でした。

 

坪内逍遥をはじめとする近代の文学観では、小説とは内部と外部(イデアとフォーム、実相と虚相)の双方を描くものと規定されます。

そして、人物の内面を正確に描写することが、優れた小説であるという考え方が逍遥の『小説神髄』にて発表され、この思想が日本近代文学の出発点となります。

 

それに対し斎藤緑雨は、逍遥をはじめ二葉亭四迷などの文体をパロディー化して、虚仮にすることで、世間の耳目を集めました。

斎藤緑雨の名前を世に知らしめたのは『小説八宗』という作品でした。といっても、ペンネームを使って「正直正太夫」という名前で発表されました。ふざけてます(笑)

なお、小説作品としては『油地獄』『かくれんぼ』などが有名です。

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『小説八宗』の概要

『小説八宗』では、小説家の大家8人を規定し(実際は6人)、彼らを文学の教祖に見立て、徹底的にからかいました。

槍玉に挙げられたのは順に、

  1. 坪内逍遥(『小説神髄』で有名。近代文学の出発点。)
  2. 二葉亭四迷(『浮雲』やツルゲーネフ翻訳で有名。)
  3. 饗庭篁村(『むら竹』で有名。新聞小説の大老。)
  4. 山田美妙(歴史小説『胡蝶』で有名。挿絵で世をざわつかせた。)
  5. 尾崎紅葉(『三人妻』『金色夜叉』等で有名。)
  6. 森田思軒(翻訳家。英文如来という異名を持ち、直訳体の創始者)

(関連記事)明治時代の長老作家饗庭篁村の代表作『むら竹』

 

『小説八宗』の前書きで、正直正太夫というふざけた名前の人物は、こんなふうに断っています。

諸書を参酌したのでも何でもなし当今大家と呼ばるる方々の御規則ともいふべきものを初学者のためにざっと挙示したるまでなり

井戸の西瓜(すいか)のやがて冷(ひや)かすのだなどと思召(おぼしめ)す可(べか)らず

 

要するに「大家と呼ばれる作家の作風を、簡単に案内しますよ」と言っています。

2行目の「井戸のスイカのやがて冷かす」というのは、たぶんシャレなのでしょうが、すいません、全く意味が分かりません。

 

こんな風に断っていますが、その「ざっと挙示された御規則」は皮肉たっぷり、辛らつきわまるものです。

 

たとえば「二葉宗」という宗派を立て、こんなふうに描きます。(原文は句読点も改行もなくて読みづらいです。)

 

二葉宗

又の名を四迷宗と云ふ迷宗は迷執(めいしゅう)なり或ひは曰く妄執なりと、妄執の雲晴れやらぬ朧夜(おぼろよ)の恋に迷ひし我心(わがこころ)と長唄鷺娘(ながうたさぎむすめ)にあり

蓋(けだ)しこの宗の宝物「浮雲」をよみ込み且(かつ)おぼろ宗(※坪内逍遥宗)と縁引(えんびき)の由(よし)をほのめかせるものならん

この宗も昨今門を鎖(ど)ぢ居(お)れり、これではあれではと迷ひまよふて幾度となく膏薬(こうやく)を練るなり

名は其体(そのたい)を現すとか四迷とあるも前世の約束なり四辻(よつつじ)に立って泣(ない)た唐(から)の伯父さん(※中国古代思想家の楊朱)もこれには及ばぬと匙を投げしよし、

台がオロシヤ(※ロシア)ゆゑ緻密々々と滅法緻密がるを好しとす「煙管を持た煙草を丸めた鴈首へ入れた火をつけた吸つた煙(けぶり)を吹いた」と斯(か)く言ふべし吸附煙草(すいつけたばこ)の形容に五六分位費(ついえ)ること雑作もなし其間(そのま)に煙草は大概燃切(もえき)る者なり

緻密が主にて本尊に向(むか)ひ下に居らうと声を懸(かけ)るときあれど敢て問はぬなり唯(ただ)緻密の算段に全力を尽すべし算段は二葉より芳(こうば)しと評判されること請合(うけあい)なり

折々飜訳(ほんやく)するもよし但し緻密を忘れさへせねば成るべく首(あたま)も尾(しり)もないものを択(えら)ぶべし

 

「見かけそっくり、中身からっぽ」というパロディ

一般的に風刺文というのは、時間が経つと、当時の人びとの知識・教養と現代の私たちの知識・教養にズレが生じ、意味が分からなくなります。(元ネタが分からないとか)

その例にもれず「二葉宗」もまことに読みづらい文章です。長唄だの膏薬だの唐の伯父さんだの、算段は二葉より芳ばしだの、もはや私たちの共有文化ではないので、ほぼ意味不明です。

 

ただ、圧倒的にわかりやすく、斎藤緑雨の風刺・パロディの面目躍如たる部分が、「二葉宗」にはあります。それはこの文。

「煙管を持た煙草を丸めた鴈首へ入れた火をつけた吸つた煙(けぶり)を吹いた」と斯(か)く言ふべし

「めっぽう緻密がるを良しとす」と言って、こんな文章を描いてみせる。

 

「形・見かけが似ていて中身が空っぽ」という皮肉り方で、読んでいる方の胸がすくような、天才的なからかい方です。

 

余談ですが、たとえばギリシア哲学におけるソフィストのゴルギアスも、哲学をパロディ化してみせました。

ゴルギアスは「ないについて」というふざけた小論を書き、哲学の論理的な、根拠を積み重ねていく文体を使用しながら、中身が空っぽな文章を書いてみせました。

ちなみにゴルギアスの小論の内容は「何もない、あったとしても認識できない、認識できたとしても伝えられない」といったものです。

詳しくは、納富信留『ソフィストとは誰か?』(ちくま学芸文庫)を。

 

近代文学への挑戦としての緑雨のパロディ

 

緑雨が生きた明治の時代は、江戸文学から近代文学への転換の時代でした。

逍遥『小説神髄』や四迷『小説総論』の発表、逍遥と鴎外による「没理想論争」など、作家や民衆の文学観が大幅に変わろうとする時代でした。

文学観がどう変わったのか、非常にざっくりいうと、「江戸文学はおもしろけりゃいいみたいな軽薄な話ばかりだけど、明治文学は中身がなきゃいけないよ」みたいな話です。

要するに、文学とは、何か善きもの・美しいもの・優れたものといった、真善美を描かなければならない、というような考え方が、明治に現れました。

こうした新しい文学観に対して、真っ向から皮肉をぶつけたのが斎藤緑雨でした。

「お前たちは言文一致とか騒いで色々書いているけど、お前らの文体なんて、こんなことに過ぎないんだよ」という皮肉ですね。

緑雨は、明治に花開いた近代文学に対する挑戦を試みたのです。

 

結果的に文学観は変遷し、緑雨のパロディは、パロディの域に留まりました。

しかし、真善美を描くものとしての文学観は政治的にも利用され、その問題は現代でも残っていますね。(オタク系コンテンツに関する東京都政の姿勢など)

 

緑雨のパロディの天才性や重要性が少しでも伝われば幸いです。

緑雨の主要著作を収録。注釈も本文下段に図版付きで豊富に収録。(ただし解説の質が低く、著作解題がない。)

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