愛読書がない?小説おすすめは42歳の夏目漱石が教えてくれた

夏目漱石




夏目漱石は明治39年の雑誌「中央公論」に、「予の愛読書」という談話を寄稿している。

分量はわずか2ページ。青空文庫未収録であるから、全文引用してみよう。(新字新かな)

予の愛読書

愛読書は何だと聞かれると困る。僕には朝夕卷を措かずというような本はない。 どういう文章が好きかというのか。それなら少しはある。 僕は漢文が好きだ。好きだというても近頃は餘り読まぬ。然し日本の柔かい文章よりも好きだ。今では暇があれば読みたいと思うて居るが、暇がないから読まぬ。アーいう趣味は西洋にも一寸ないと思う。

所謂(いわゆる)和文というものは餘り好かぬ。又漢文でも山陽(頼山陽)などの書いたのは餘り好かぬ。同じ日本人の書いた漢文でも享保時代のものは却て面白いと思う。人は擬古文というて軽蔑するが、僕は面白いと思う。

西洋ではスチブンソン(Stevenson)の文が一番好きだ。力があって、簡潔で、クドクドしい處(ところ)がない、女々しい處がない。スチブンソンの文を読むとハキハキしてよい心持だ。話も餘り長いのがなく、先ず(まず)短編というてよい。句も短い。殊に晩年の作がよいと思う。Master of Ballantrae(『バラントレーの若殿』岩波文庫)などは文章が実に面白い。

スチブンソンは句や文章に苦心をした人である。或人(あるひと)は単に言葉だけに苦心をした處が後に残らん(後世に残らない)という。そういう人はどういう積りか知らぬが、スチブンソンの書いた文句は活きて動いて居る。彼は一字でも気に入らぬと書かぬ。人のいうことをいうのが嫌いで、自分が文句をこしらえて書く。だから陳腐の文句がない。其代り餘り奇抜すぎてわからぬことがある。又彼は字引を引繰り返して、古い、人の使わなくなったフレーズを用いる。そうして其実際の功能がある。スコットの文章などは到底比較にならぬと思う。スコットは大きな結構を造るとかいうことにはうまいが、文章に贅沢な人からいえば、ダラダラして読まれぬ。

メレディス(Meredith)の話をせいというのか。彼は警句家である。警句という意味は短い文章の中に非常に多くの意味を籠(こ)めていうことを指したのである。エピグラムなどでは彼が一番にえらい。往々抽象的(アブストラクト)なアフォリズムが出て来る。非常に意味の多いのを、引延ばして書かぬから、繋ぎ具合、承(う)け具合がわからなくなる。のみならず、夫(そ)れだけの頭脳(あたま)のある人でなければよく解らぬ。僕等でもわからぬ所がいくらもある。メレディスはただ寝ころんで読むべきものでない。スタデーすべきものと思う。必ずしも六づかしい所のみではないが、到底読みよい本とはいわれぬ。

メレディスは第一、人の性格をフィロソフィカリーにアナライズすることなどは実にうまいものだ。又次には非常に詩的な所がある。詩的なシチュエーションをつらまえて巧みに描写することがある。それはメレディスのユニークで、メレディスの前にメレディスなく、これから後も恐らくメレディスは出まい。スチブンソンは文だから真似手が出るかも知れぬが、メレディスは頭だからああいう頭を以て考える人が出ない中は、ああいう文は書けまいと思う。然るにああいう頭の人はなかなか世に出ないものである。丁度或人はマコーレーは沢山出るかも知れぬがカーライルは一人しか出まいといったように、スチブンソンは沢山出るかも知れぬが、メレディスは一人しか出ないかと思う。彼の作の中でEgoist(『エゴイスト』岩波文庫)とVittoria(『ヴィットリア』邦訳なし)などは最も面白いと思う。

 

42歳の漱石の愛読書は渋い英文学だった

愛読書というものは、その時々によって変わるものである。(ウェブスター『あしながおじさん』の主人公ジュディがいい例。)

そんな愛読書なるものの性格を知ってか、漱石は、自分には愛読書はないと言う。しかし好きな文章や作家ならあると言う。

 

漱石の好きな文章・作家を箇条書きにするとこうなる。

  • 享保時代の漢文
  • スティーヴンソン『バラントレーの若殿』
  • メレディス『エゴイスト』『ヴィットリア』

反対に漱石の嫌いな文章・作家はこちら。

  • 和文
  • 頼山陽の漢文
  • ウォルター・スコット

 

スティーヴンソン『バラントレーの若殿』は、イギリスの歴史を題材にした、兄弟の確執を描いた物語であり、冒険小説でもある。

そしてメレディス『エゴイスト』は、イギリス上流貴族社会の夫婦や結婚の模様を描いた恋愛小説である。

 

このころ漱石は42歳。『吾輩は猫である』『倫敦塔』『坊っちゃん』などを発表していたころで、ちょうど作家としての漱石がデビューしたての時期だ。

当たり前だが、このころ英米文学の日本語翻訳などろくにない。ロンドンに留学し、英文学を専攻していた時代の影響が色濃く残っている。

 

ところで、スティーヴンソンの創作の方法について触れているのが興味深い。

彼は一字でも気に入らぬと書かぬ。人のいうことをいうのが嫌いで、自分が文句をこしらえて書く。
だから陳腐の文句がない。其代り餘り奇抜すぎてわからぬことがある。
彼は字引を引繰り返して、古い、人の使わなくなったフレーズを用いる。そうして其実際の功能がある。

 

辞書をひっくり返して、死語や廃語を探したということだろうか。

単語や語彙の選択にここまで情熱を注げるのは、相当な熱量がなければできないことだ。

スティーヴンソンの作品を鑑賞する際の、おもしろい指針になりそうだ。

 

こちらも漱石の談話。

(関連記事)漱石の文章修業に役立った文学とは?|スウィフト『ガリバー旅行記』の影響