逃げ恥のやりがい搾取を知れば就活は金に汚くていいことがわかる




逃げ恥でも話題のやりがい搾取。ヒロインみくりに対し、商店街がボランティアや低賃金での協力を求めようとしたときに、みくりが言い放った言葉です。

「私、森山みくりは、やりがいの搾取には断固反対します!」

 

以下の関連記事では「ガッキーが紅白で恋ダンスを期待されたのは搾取か」また、そもそも「搾取とは何か」ということを考えています。

ガッキーは紅白で逃げ恥の恋ダンスを「搾取」されたのか?

 

今回は話題を「やりがい搾取」に絞り、みんなで一致団結して、金に汚くなろうという話をしたいと思います(笑) 精神革命です。

 

資本家と労働者の関係は強者と弱者

搾取とは、資本家(雇い主・企業)が労働者の生み出した生産物を、過剰に取り上げることを言います。

まずこの資本家と労働者の関係をざっくりイメージしてみます。

 

資本家は生産手段を持ちますが、生産を可能にする労働力を持ちません。労働者は生産する労働力を持ちますが、生産手段を持ちません。

資本家は労働力がなくても資本(資産・元手)があるので、ある程度生活することはできますが、労働者は資本を持たないため働かなければ貧困状態になります。

したがって、労働者は資本家よりも構造上弱い立場にあります。労働三法が存在する理由もここにあります。

 

労働者と資本家の関係は、構造上の問題であるため、基本的に覆すことができません。ちなみにこの関係を覆し、労働者が資本家よりも強い立場に立つことが可能になる唯一の手段がストライキです。だから「労働者よ団結せよ」とむかしは言っていたわけです。しかしこれも一時的な逆転に過ぎず、実際にストライキにより会社が倒産してしまっては、労働者は失業してしまいます。(だから交渉が存在するわけです。お互いどこで妥協するかという交渉です。)

 

資本家と労働者の関係は以上の通りです。要するに、資本家=強い⇔弱い=労働者という関係ですね。

 

搾取の構図―搾取なしには企業は存在できない

労働者は資本家に対して「労働力」を差し出すことで、対価として賃金を得ます。

たとえば時給1,000円であれば、労働者が差し出す1,000円分の働きをすればいいわけです。月給22万円であれば、22万円分(実際は社会保険料とかあるからもう少しか)働けば十分なわけです。30分で1,000円稼げば、あとの30分は遊んでいたっていいわけです。

しかし雇い主はそんな30分遊んでるなんてことを許してくれません。きっかり1,000円分しか働かなかったら、雇い主にとってはプラスになりません。雇い主は、労働者に対して時給1,000円以上の働きを1時間のうちに期待しているのです。1時間に1,000円分の働きをする労働者と、1,500円分の働きをする労働者であれば、雇い主は後者を雇います。(労働者側もそれを当然と思っているのが哀しいところです。)

 

この1,500円から1,000円を引いたこの500円分を、労働者に帰せず、雇い主が頂くこと。これを搾取にあたります。

 

見たとおり、搾取とは信じられないほどふつうに存在します。というか搾取が存在しなければ、資本家としては自らの資本を増殖させることができません。

どんな優良企業でも、自らの資本を増殖させるには搾取が必要です。その搾取の額の多い少ないがブラックとホワイトを分けているのかもしれません。つまり、ブラックホワイトとは性質や体質の問題ではなく、程度の問題といえるかもしれません・・・。

あ、一応、搾取なしに資本を増やす方法も存在します。投資や投機がそれにあたるかと思います。例えば設備投資であったり、株式であったり、広い意味での資産運用ですね。搾取なしで資本を増やしている企業があったらぼくを働かせてください(笑)

 

やりがいの搾取

さて、上記の例を再利用して、やりがいの搾取を考えてみます。

繰り返しますが、時給1,000円の労働者は別に1,000円以上働く義務はありません。賃金は労働力の対価なのです。しかし労働者が1,000円分の働きしかしなければ、雇い主はもうからないので、その労働者を怠け者・無能と扱います。(労働者仲間も「あいつはサボる」などと非難します。哀しい。)

その際、ほかに働き手がいればクビになってしまうので、労働者は1,000円分以上の働きを半分強制されることになります。労働者は時給1,000円で1,500円分、2,000円分と働いていかなくてはなりません。まことに呆れるべき話です。

こうして労働が徐々に苛烈なものとなり、強制に耐えられなくなった労働者が離れていきます(転職や失職)。労働者が離れて困るのは資本家=雇い主です。

 

賃金を抑えつつ、生産能力の高い(=1,000円分以上の働きをする)優秀な労働者が集まってくれるにはどうするか。

 

その作戦のひとつとして「やりがいの搾取」が存在します。

社会公益性が高いとか、その労働者の個人的な性質や目標と合致するような労働内容を提示することで、強制ではなく自らの意志で労働力を提供してくれる労働者を集めるという作戦です。

「やりがい」を感じる労働者は、善意を持って(=喜んで)働いてくれます。1,500円分働き、その純粋な利益となる500円は、その優秀な労働者が善意で(=喜んで)生み出したものです。こうして資本家は労働者への強制的な側面を隠し、労働者の善意に甘えることが可能になります。

 

一生懸命・喜んで働いてもらうと企業としては非常に都合がいい。悪く言えば、奴隷であることを喜ぶ奴隷みたいなものです。そのための論理として「やりがい」を謳っているのです。

 

「やりがいの搾取」は企業が労働者の善意を利用して、「賃金以上の価値を生産してもらうこと」あるいは「不当に賃金を低く抑えること」と言えるかと思います。

 

やりがいの搾取を避けるにはお金に汚くなれ

では「やりがいのある労働」を求めては損なのでしょうか? 「やりがいを求めるな」などというアドバイスは、就活生にとっては絶望の言葉でしかありません。(こうしたことから、労働にやりがいを求めることに冷笑的な若者が存在することは十分に理解できます。)

 

ただし、ここで重要なことは、「やりがい」自体が問題なのではない、ということです。「やりがい」のある労働を求めて大いに結構だと思います。その「やりがい」を搾取する企業に気をつけるべきだということです。

 

ではどのように気をつけるべきか? ひとつしかないでしょう。金です。

 

就活の志望先はどのように決めるか? 金です。

希望の部署はどうするか? 金です。

新しい業務の依頼が来たら? 金です。

 

なんでも金を求めましょう。ロマサガ3のように、ドラクエ5のカボチ村のように、何にでも金をせびりましょう。がめつさMAXで良いです。バンガードのキャプテンに「足下を見おって!」と言われれば合格です。それを企業側が嫌がるようなら、それは搾取を狙っていたということです。

 

そんなことをしたら就活受からない? 会社に入られない? 出世できない?

・・・そこが労働者のつれえところよ。男はつらいよです。寅さんです。

しかし、「金にうるさい」性質が日本国民全体の常識として浸透すれば、それはそれはブラック企業も減少するのではないでしょうか? こうなると冒頭に冗談のように述べた精神革命も現実味を帯びてきます。

あばよ!