安倍晴明の性格と経歴はどんな人?生い立ちやエピソードが面白い




あなたは安倍晴明をご存知でしょうか。

2001年に野村萬斎さんが安倍晴明を演じた映画「陰陽師」から、安倍晴明を知ったという方は多いかと思います。

また最近では、フィギュアスケートの羽生結弦選手が2018年の平昌オリンピックで安倍晴明を演じたことによって、

再び、安倍晴明の名前が有名になりました。

このように、安倍晴明は有名な歴史人物となりましたが、一体どのような人物であったのでしょうか。

そこで今回は安倍晴明の

  • 生涯
  • 経歴
  • 性格
  • 逸話

 

などをご紹介いたします。

これを読めば、安倍晴明の生涯や、経歴、性格や逸話など知ることができますよ。

 

安倍晴明の生い立ちとは?

安倍晴明についての史料は少なく系譜は明らかとされていませんが、

  • 大膳大夫・安倍益材
  • 淡路守・安倍春材

 

このどちらかの子供として921年2月21日に誕生したとされています。

平安初期に成立した『竹取物語』には、右大臣阿倍御主人の子孫と記述され、

他にも

  • 阿倍仲麻呂の子孫
  • 阿部氏の一族である難波吉士の末裔

 

ではないかとされています。

 

921年2月21日に誕生したとされる晴明は、

  • 現在の大阪市阿倍野区である摂津国阿倍野
  • 奈良県桜井市安倍

 

このどちらかの地で誕生しました。

  • 幼少期の晴明についての記録は残されていませんが、
  • 貴族で、陰陽家でもあった陰陽師・賀茂忠行と、
  • その息子・保憲から陰陽道を学びました。

 

陰陽道とは

陰陽道とは、5世紀から6世紀頃に中国の仏教や儒教とともに日本に伝えられた陰陽五行説の影響を受け誕生した学問です。

陰陽と木、火、土、金、水の五要素の組み合わせによって成立するといった思想の陰陽五行説と

  • 天文
  • 暦数
  • 時刻

 

などの自然観測を組み合わせ、自然界の変化や、人間界の吉凶を占うことを目的としていました。

  • このように占う技術を持っている人物のことを「陰陽師」と呼びます。
  • 陰陽道が日本に伝えられた頃、漢文の読み書きのできる渡来人の僧侶が陰陽師の役割を担っていたとされていますが、
  • 7世紀の後半頃から8世紀頃になると正式に陰陽師は職業として国家管理されるようになりました。

 

平安時代に入ると、自然災害や疫病の発生を怨霊の仕業と考えられ、怨霊は恐れられてきました。

  • そこで、その怨霊を鎮魂するための御霊信仰が誕生します。
  • 御霊信仰に対して、陰陽道は占術と呪術を使用して、天災や疫病から回避することを目的としていました。
  • この陰陽道は天皇や公家の私生活にも使用され、宮廷社会から民間社会にまで、浸透するようになります。

 

漫画やアニメ、映画などで、陰陽師は不思議な力を持ち、呪文を唱え、妖怪や魔物を味方につけ敵と戦う

なんて描写が多くありますが、実際は占い師のような役割をはたしていました。

 

安倍晴明の経歴や最後は?

この陰陽道に加え、天文道、暦道に精通していたのが賀茂忠行とその息子・賀茂保憲でした。

  • こうして、賀茂忠行とその息子・賀茂保憲から陰陽道を教わり、
  • 960年、晴明は40歳の頃、当時の天皇であった村上天皇の占いを命じられます。
  • このことから、晴明の出世は遅かったものの、陰陽師としての実力は認められていたことがわかります。

 

977年に賀茂保憲が亡くなると、晴明の優れた才能は目立つようになり、その名を広めるようになります。

その後、

  • 979年 晴明が59歳の頃、後の花山天皇の命令によって、那智山の天狗を退治する儀式を行う
  • 993年、2月 禊を行い一条天皇の病を治す
  • 1004年、7月 雨乞いの五龍祭を行い、雨を降らす

 

など、陰陽師として晴明は大活躍しました。

この頃、晴明は80歳を超えていたとされています。

  • 活躍を果たした晴明は陰陽師だけではなく、高い計算能力が評価され主計権助の補佐を務めます。
  • 晴明の妻は判明していませんが、息子の安倍吉昌と安倍吉平も陰陽道を学び、天文博士や陰陽助に任命されました。
  • こうして、安倍氏と晴明の師である賀茂氏は二大陰陽家となります。

 

1005年、晴明は85歳で亡くなったとされていますが、死因は判明していません。

 

【エピソード】安倍晴明の人柄や性格が分かる逸話

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晴明の史料は少なく、どのような人物であったのかは分かっていません。

しかし、晴明にはいくつかの逸話が残されています。

 

  • 『今昔物語集』の『安部晴明随忠行習道語』

 

晴明が幼少の頃、夜道に、鬼の姿が見えたので慌てて賀茂忠行に知らせました。

この際、賀茂忠行は鬼の姿を見た晴明の才能を知り、陰陽道を教えたとされています。

また晴明の家では霊的な存在である鬼神を家事に使用していた。なんて記録も残されています。

 

  • 『宇治拾遺物語』の『晴明蔵人少将封ずる事』

 

蔵人少将がカラスに糞をかけられた光景を目にした晴明は、カラスが式神であることを見破り、

蔵人少将にかけられた呪いを解いたという記録が残されています。

 

 

  • 『平家物語』の『剣巻』

 

平安中期の武将である渡辺綱が鬼と化した女神の橋姫の腕を斬り落とし、晴明が橋姫を封印した。という逸話が残されています。

平安文学において晴明の逸話は多く記されました。

 

晴明が活躍し出したのは40歳の頃からで、活躍時期の遅い晴明でしたが、天皇や貴族からの信頼は厚く、晴明は亡くなる直前まで陰陽師としての役割を果たしていました。

このように天皇や貴族からの信頼を受けた晴明は、真面目で勤勉な性格な持ち主であったことは間違いありません。

 

母親は狐であった?

晴明の母親は狐であったという伝説が残されています。

この伝説は「葛の葉伝説」と呼ばれています。

  • 晴明の母親は葛の葉と呼ばれる狐の化身であったとされ、人間の姿をして晴明の父親と結婚しました。
  • しかし、晴明が生まれた後、狐であることがばれてしまったため、森へと帰っていったとされています。
  • 1つの伝説ですが、晴明の母親が狐であれば、晴明は狐と人間のハーフということになりますね。

 

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まとめ 安倍晴明はどんな人?分かりやすいおすすめ作品

以上、安倍晴明の生涯や経歴、性格やエピソードでした。

安倍晴明について簡単にまとめると

  • 大膳大夫・安倍益材又は、淡路守・安倍春材の息子として誕生した
  • 伝説では晴明の母親は狐
  • 賀茂忠行と、その息子・保憲から陰陽道を学ぶ
  • 40歳頃から遅咲きの活躍を果たす
  • その実力と才能から天皇や貴族に信頼される
  • 安倍氏と晴明の師である賀茂氏は二大陰陽家となる
  • 真面目で勤勉な性格

 

安倍晴明は謎の多い人物でした。

このことから、安倍晴明は不思議な力を持ち、呪術を使って悪霊を退治する。

なんてイメージされる方も多いかと思いますが、実際は占い師的な役割であったようですね。

陰陽師として40歳という遅咲きの出だしでしたが、その活躍から正五位上や主計権助に任命され、出世を果たしました。

そんな、安倍晴明を題材にした映画として、やはり有名なのは「陰陽師」です。

映画、陰陽師では

  • 安倍晴明役を野村萬斎さん
  • 源博雅役を伊藤英明さん
  • 早良親王役を萩原聖人さん

 

が演じられました。

「陰陽師」の他にも、映画「源氏物語 千年の謎」では安倍晴明を窪塚洋介さんが演じられています。

「陰陽師」で安倍晴明を演じる野村萬斎さんも、「源氏物語 千年の謎」で安倍晴明を演じる窪塚洋介も、不思議な雰囲気を持った俳優さんなので、どちらも安倍晴明役にピッタリではないでしょうか。

他にも安倍晴明を題材にした映画は

  • 「羅生門」
  • 「美女と怪龍」
  • 「羅生門の妖鬼」
  • 「妖怪大戦争」

 

があげられます。

これを機に、安倍晴明に興味を持たれた方はぜひ「陰陽師」「源氏物語 千年の謎」を見てみてください。

以上、「安倍晴明の性格と経歴、生い立ちや面白いエピソード」のご紹介でした。

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