兼好法師の性格と経歴は?吉田兼好の生い立ちとエピソードが面白い




『徒然草』の作者として有名な吉田兼好(兼好法師)、名前は聞いたことがありますよね!

彼は実はどんな人だったのでしょうか?

生い立ちや経歴、性格を探って、彼のことを紹介していこうと思います!

 

吉田兼好(兼好法師)の生い立ちや経歴、性格ポイント

  • 1283年~1352年に生きた(と言われているが定かではない)
  • 『徒然草』の作者である(と言われているが証拠はない)
  • 和歌の道も精進し勅撰集に和歌が採録されている
  • 「粋法師」というイメージが付くほど恋の道をわきまえていた

 

吉田兼好(兼好法師)の生い立ちは?

吉田兼好は1283年~1352年、鎌倉時代末期~南北朝時代を生きた官人、歌人、随筆家です。

本名は卜部兼好(うらべかねよし)と言い、吉田兼好と称されるようになったのは、江戸時代に入ってからです。

私たちの中では吉田兼好が一般的ですが、兼好さん自身は自分が吉田兼好と呼ばれていることを知らないというわけですよね・・・面白い。

 

卜部氏は古くから神祇官を出す神職の家柄で、兼好の父も吉田神社の神職に就いていました。

母は不明です。

実は、生まれた年も定かではなく、一般的に1283年と言われているにすぎません。

これといった根拠が見つかっていないようです。

 

後二条天皇が即位すると、兼好は六位蔵人に任命されます。

兼好が20歳ころのことでした。

 

その後、従五位下、左兵衛佐にまで昇進しましたが、兼好が30歳のころ、後二条天皇が崩御されたことをきっかけに出家してしまいました。

兼好はとても後二条天皇を敬愛しており、天皇の崩御をかなり悲しんだそうです。

法名は、俗名兼好(かねよし)を音読みして兼好(けんこう)としました。

私たちが聞きなれている兼好法師の誕生です。

 

隠遁生活を始めてからのことは、これまた詳しく分かっていませんが、比叡山の横川に籠り仏道修行に励んだり、和歌に精進したりする姿が兼好の作品から読み取れます。

また、鎌倉には二度訪れたことが分かっており、鎌倉幕府の御家人と交流があったようです。

 

大阪にも住んでいたようで、正圓寺境内東側には「兼好法師の蕎打石」と「兼好法師隠棲庵跡」の碑が建てられています。

亡くなった年についても、これまた諸説あり、1352年までは生存が確認されているため、一応、この年ということになっています。

68歳まで生きたことになります。

今後、新たな史料の発見で、兼好の生きた年が変わってくる可能性は多いにありますね。

 

吉田兼好(兼好法師)の経歴と作品徒然草

さて、吉田兼好は『徒然草』の作者とされていますが、和歌にも通じた人でした。

まずは、和歌での活躍を見てみましょう。

隠遁生活を始めた兼好は、和歌にも精進していました。

二条為世に師事していたと言われています。

 

隠遁生活って野山に籠って人と会わずにひっそりと生活するスタイルかと思っていたのですが、兼好は人との交流もしていたんですね。

和歌四天王の一人にも数えられており、『続千載和歌集』や『続後拾遺和歌集』、『風雅和歌集』の三勅撰集に18首の和歌が採録されています。

和歌の才能が開花したんですね。

和歌での才能を発揮した一方で、『徒然草』も書き記していました。

鎌倉時代末期の1330年~1331年にまとめられたという説が有力です。

 

『徒然草』は244段から成る随筆で、平仮名と漢字で書かれた和漢混交文と平仮名が中心の和文が混在して書かれています。

内容は多岐にわたるため、うまく分類できないのが現状ですが、代表的なものを三つ紹介します。

  1. 仏教的無常観を主題とする段
  2. 人間理解を主題とする段
  3. 考証・懐旧を主題とする段

これらに分類される話が数多くあります。

 

徒然草内容解説1.仏教的無常観を主題とする段

「世の中は変転してやまないものだ」という無常観は、兼好独特の考え方ではなく、当時の一般的な考え方でした。

特に兼好は、仏教を学んでいくうちに、この思いが強くなったのでしょう。

「世の中は定まっていないからこそ素晴らしいのである」(現代語訳)という兼好の言葉には、兼好の、無常の世の中に生きる人のあるべき姿像が表れています。

例えば

  • 第41段
  • 第58段
  • 第59段
  • 第74段

などが当てはまります。

第58段、第59段では、「無常の世であるからこそ、早く出家遁世すべき」と言っています。

 

徒然草内容解説2.人間理解を主題とする段

ここは説話的章段とも言えるでしょう。

兼好が経験したこと、人との交流を通して学んだこと、学問を通じて知ったことなどが書かれています。

通り一遍ではなく、さまざまな人間の姿を描いているのが特徴です。

  • あだ名を気にして庭の木を伐らせる良覚僧正の話(第45段)
  • 鼎を被って取ることができなくなった仁和寺の僧の話(第53段)
  • 里芋が大好きなお坊さんの話(第60段)

面白そうな話ばかりですよね。

 

もちろんこれだけではありませんよ。

このような人間のさまざまな姿を通して、兼好が感じたことをまとめている段もあります。

  • 人の世のさまざまな嘘をまとめた話(第73段)
  • 人の家を訪問する時の心得(第170段)

兼好は人間が大好きだったんでしょうね。

そして、人間の姿からさまざまなことを分析して話にまとめてるのが、今でいうあるあるネタのような面白さを醸し出しています。

 

徒然草内容解説3.考証・懐旧を主題とする段

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兼好は、「何事につけても昔の時代のことが懐かしく思われる」と述べています。

兼好にとっては、敬愛していた後二条天皇亡き現在の世の中は生きずらく、昔を懐かしく思っていたのでしょうか。

第215段では、平宣時朝臣の話を通して、北条時頼の質素な生活ぶりを懐かしんでいます。

兼好にとっての古き良き時代は、優雅な平安貴族の世界と、安定していた鎌倉武家の世界だったようです。

 

このように、『徒然草』には、仏教的無常観と、古き良き時代への懐旧の情が漂っています。

しかし、『徒然草』は、記されてから100年間は注目されていませんでした。

室町時代になってやっと編纂され始め、戦で荒れ果てた気持ちの人々に共感をもたらしました。

江戸時代には、版本が刊行され、絵巻物も描かれました。

 

兼好の鋭い人間観察から生み出された教訓は、江戸の庶民たちにも親しみやすく、大人気だったようです。

時代は変わっても、人間の本質は変わらないですもんね。

100年経っても色あせない内容を書けるってすごい才能ですよね。

 

もちろん、みなさんもご存知の通り、『枕草子』『方丈記』と並んで日本三大随筆に名を連ねていますよね。

書かれた当時に注目されていなかったのをもったいなく感じてしまいます。

なぜ、注目されなかったのかという原因の一つに、兼好が後に残すことを考えていなかったのでは?と考える人もいます。

 

『徒然草』は、ふすまや障子の紙に書かれており、保存状態も良くありませんでした。

そのため、編纂するのにとても苦労したそうです。

後世に残そう、誰かに読んでもらおうと思うなら、もう少しちゃんと書き記すのではないかというわけです。

そのため、実は、『徒然草』を兼好が書いたという証拠もないんだそうです。

これは驚き!!!!!

でももうここまできたら、兼好が書いたってことでいいですよね。

もう、そこは触れないようにしてあげてくださいよ。。。

 

エピソードで読む吉田兼好(兼好法師)の性格は?

とっても有名な吉田兼好(兼好法師)のエピソードを一つ紹介しますね。

 

『太平記』巻二十一に、ラブレターを代筆した話が残されています。

足利幕府の執事、高師直が、人妻にひとめぼれしてしまいます。

(ひとめぼれと言っても、実際に見たわけではなく、聞いた話から惚れちゃうんですがね。)

 

侍従に取り持ってもらえるように頼みましたが、うまくいきません。

そこで登場するのが兼好です。

うまくいかない恋ほど燃えちゃったんでしょうね。

 

高師直は、和歌の達人である兼好にラブレターを代筆させました。

しかし、相手の女は手紙を開けもせず、庭に捨ててしまいます。

怒った高師直は、兼好が自分の屋敷に出入りすることを禁止してしまったという話です。

これが本当の話かどうかは分かっていないのですが、この話は江戸時代にお芝居や小説などの素材として数多く使われました。

 

そこから、兼好は恋の道をわきまえた「粋法師」というイメージが付いたそうです。

他にも『徒然草』の中に、このような記述があるんですよ。

  • 素直になれず、完璧でないのが女性である
  • もし、才能がある女性がいたら、それはそれでうっとおしく、興ざめである
  • 妻というものこそ、男が持つものではない

 

どした、兼好!こじらせまくっているぞ!!

女性関係で何かあったんでしょうか。

それとも、これまた人間観察から導き出したのでしょうか。

 

妻なんて持つものではないだなんて、今でも言ってる男性いますよね・・・

700年前の男性も同じことを言っている(笑)

このように、女性に対するしっかりとした考えも持っていたんですね。

しかし、この考え方だと、恋愛の和歌だなんて詠めたのか疑問です。

恋愛と結婚は別物だったのかしら~

 

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まとめ: 吉田兼好(兼好法師)はどんな人?分かりやすいおすすめ作品

吉田兼好がどんな人だったかまとめると

  • 1283年~1352年に生きた(と言われているが定かではない)
  • 『徒然草』の作者である(と言われているが証拠はない)
  • 和歌の道も精進し勅撰集に和歌が採録されている
  • 「粋法師」というイメージが付くほど恋の道をわきまえていた

 

とってもベールに包まれている人です。

まだまだ分かっていないことだらけ。

ひっそりと山奥で一人隠遁生活を送っていたなら、ベールに包まれているのも分かります。

が、兼好は結構俗世の人と交流していたんですよね~

それでも定かではないことが多いというのは謎ですね。

 

そんな兼好が書いた『徒然草』を読んでみたいけれど、全部読むのはなぁ・・・と言う人におすすめな一冊を紹介します。

『すらすら読める徒然草』中野 孝次

著者の中野さんが選んだ話を、原文と現代語訳、そして解説までつけてくれています!

これを読めば『徒然草』の面白いところを選んで読める優れものです。

マンガでささっと読みたい人には

  • まんがで読破シリーズの『徒然草』
  • マンガ日本の古典17 『徒然草』バロン吉元
  • マンガ古典文学 『徒然草』長谷川法世

があります。

 

マンガを読み比べてみるのも面白いですよ!

ぜひ、読んでみてください!

現在にも通じるような教訓も盛りだくさんなので、悩んでいる気持ちがすっきりするかもしれませんよ☆

 

ちなみに、他の三大随筆の作者、清少納言、鴨長明についても紹介しています。

その記事もぜひ、読んでみてくださいね!

清少納言の経歴と生い立ちは?美人かブスかも考察

鴨長明の性格と経歴は?生い立ちとエピソードが面白い!

 

以上、「兼好法師の性格と経歴は?吉田兼好の生い立ちとエピソードが面白い」でした。

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