空海の生い立ちと経歴は?性格やエピソードが面白い




空海は遣唐使として唐に渡り、真言密教を会得して帰国し、高野山に真言宗の聖地を開いたことでよく知られていますね。

今でも高野山で生き仏となっているというミステリアスな面も持つ空海。

お大師様と慕われ、現在でも多くの信者を持つ空海のことをお話ししましょう。

  • 空海の生い立ちは?
  • 空海の経歴や代表作は?
  • 空海の性格や人柄は?

 

これを読むと空海の生い立ちから性格、人柄や経歴などから、どのような人物だったのか色々とわかります。

空海の作品を読むのがより一層面白くなります。

 

空海の生い立ちとは?

空海は774年6月15日に、讃岐国多度郡(現在の香川県善通寺市)で生まれました。

  • 父は佐伯直田公(さえきのあたいたぎみ)で郡司でした。郡司とは地方の役人のことです。
  • だから裕福な家に生まれたのですね。
  • 空海は幼名を真魚(まお)といいます。

 

兄が2人いたのですが幼くしてなくなっています。そこで三男の空海が佐伯家の跡取りとして育てられました。

 

788年平城京に上り、翌年から桓武天皇の皇子の伊予親王の家庭教師だった母型の叔父阿刀大足(あとの おおたり)から

  • 論語
  • 孝経
  • 史伝
  • 文章

 

などを学びました。

792年18歳の真魚は大学寮に入り、明経道を専攻し

  • 春秋左氏伝
  • 毛詩
  • 尚書

 

などを学んでいます。

 

空海の経歴や代表作は?

大学の勉強に飽き足らず、空海は仏教に目覚めて行きました。

それはこれまでの仏教では何か違うという思いがあったのです。

慈悲の心で人々を救いたい、そのためにはどうすればいいかを模索していました。

山林での修行を行い、24歳の時には「聾瞽指帰」(ろうこしいき)を書き

  • 儒教
  • 道教
  • 仏教

 

この3つを物語形式で説明しながら比較しています。

空海はこの後「大日経」や様々な密教の経典に出会いました。

中国語や梵字もこの頃勉強したのです。

 

804年長期留学僧として、遣唐使船で唐に向かいます。

この時同時期に唐に渡った人物の中に、最澄がいました。

  • 最澄はすでに仏教界のエリート僧でしたが、空海はまだ無名でした。
  • 最澄が乗った船は無事に唐にたどり着きますが、空海の乗った船は嵐にもまれ大きく航路を外れてしまいました。
  • そこでなかなか上陸の許可が降りなかったのですが空海の書いた書状があまりに立派だったことにより何とか上陸を許されたのでした。

 

空海は青龍寺の恵果和尚の元へ行き、密教の教えを受けます。

5月に恵果和尚の元で修行を始め、8月には阿闍梨の灌頂を受けるという上達ぶりでした。

日本で一生懸命に学んできたことが役に立ったのです。

  • この時「この世の一切を遍く照らす最上のもの」を意味する「遍照金剛」の灌頂名を与えられたのです。
  • その年の12月全てを空海に教えた恵果和尚は60歳で亡くなるのでした。わずかな時間にとても大きなことを教えてくれた大人物の死でした。
  • 空海は20年の長期留学僧だったのですが、だった2年で密教をマスターして帰国したのです。

 

虚しく往きて実ちて帰る」一介の僧が、大きな実をつけて帰国する、そんな空海の心情を表した言葉ですね。

それから空海は高尾山寺(神護寺)で過ごしました。

 

812年に高尾山寺で密教の金剛界血縁灌頂を行いましたが、その入壇者の中にあの最澄も含まれていました。

 

その後816年に高野山を密教の修行の場としました。

この頃

  • 即身成仏義」
  • 「文鏡秘府論」
  • 「篆隷万象名義」(てんれいばんしょうめいぎ)

 

などを次々に書いています。

空海は建築学なども唐で学んで来ています。

 

821年満濃池の改修工事を行なっています。満濃池は雨が降ると決壊し周りの住民を困らせていた溜池でした。

それを空海が見事に修復したのです。

 

824年には日本で最初の学校と言える「綜芸種智院」を作り、貴族だけではなく庶民にまで学ぶことを進めたのでした。

「綜芸種智院」は空海亡き後一時はなくなりましたが、現在は種智院大学や高野山大学として引き継がれています。

 

832年高野山で最初の万燈万華会が行われました。

この頃から空海は高野山にこもり穀物を断ち深く禅定に入りました。

 

そして835年3月入定して仏となったのです。

享年62歳でした。

 

空海の人柄や性格の面白いエピソード

空海には様々な謎めいたエピソードがのこっています。

  • 空海は仏の生まれ変わり
  • 人々を救えるか命をかけて試した
  • 修行中空海の体に仏が宿った
  • 恵果和尚は空海を待っていた
  • 最澄と絶縁することになった
  • 三鈷の松は今も見られる

 

出生の夢

空海が生まれる前のお話ですが、母親の玉依が不思議な夢を見ました。

  • 仏様が現れて、人々を救いたいからその身に宿らせてくれと言ったのです。
  • その翌年空海が生まれました。
  • まさに仏の誕生ですね。

 

キリストの誕生とお話が似ていますね。

 

発願の奇跡

幼い頃から人を助けられる人間でありたいと願い、なんと7歳の時に願いが叶うならこの身を救ってくださいと崖から身を投げました。

すると釈迦如来と天女が空海を受けとめてくれました。

空海は後にこの山上に第73番札所「出釈迦寺」を建て自らが彫った釈迦如来像を安置しました。

 

悟りの瞬間

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空海がまだ山野で修行をしていた頃、虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)を行なっていました。

  • これはご真言を百万遍唱えれば悟りを得られるというものでした。
  • 空海は阿波や土佐の洞窟などでこの修行を行なっていました。
  • 室戸岬の洞窟でご真言を唱えていたところ、海の彼方から明星が空海の口から身体の中に飛び込んできました。

 

この時空海は悟りを開いたのです。

 

師匠、恵果

空海が唐に渡り恵果和尚に教えを請うことになったのですが、恵果和尚には空海が来ることがわかっていたのです。

  • そしてその人物が密教の教えを日本へ広めてゆくことも。
  • 空海が訪ねて行った時に恵果和尚は全てを悟り、空海に密教の全てを教え与えたのでした。
  • 徳の高い人には、仏の示したことが全てわかるんですね。

 

空海と最澄

最澄が空海に密教を教えてほしいと弟子になりました。

  • 10年ほどは2人の関係は良く、交流をしていたのですが、経典のことで決裂してしまいます。
  • 空海は経典を読むだけでは密教は身につかないと言いました。
  • 最澄も天台宗の祖としてのプライドもありました。
  • 弟子にまでなって教えを請うていたのに、密教の深いところまで簡単には教えてもらえないならもう諦めようとなりました。

 

しかし一緒に来ていた最澄の弟子が、密教に夢中で空海の弟子になってしまいます。そのこともあり最澄と空海は決別してしまうのでした。

 

三つ葉の松の葉

空海が遣唐使を2年で帰ろうとした時、港から日本に向けて三鈷杵をを投げたところ、高野山に届き、そこには三鈷の松の木が育ちました。

今でも高野山を訪れた人はその松の周りで三つ葉の松の葉を探しています。

見つけた人にはご利益がありますよ。

 

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まとめ 空海はどんな人?分かりやすいおすすめ作品

ここまで空海の生い立ちや経歴などをエピソードを加えてお話ししてきました。

そのどれもがミステリアスで興味深いものばかりですね。

  • どうすれば人を救えるか、幼い頃からずっと考え、密教に出会った空海です。
  • 高野山で密教を広め、そしてついにそこで生き仏として入定を果たしました。
  • お大師様と人々に慕われた空海は、今も高野山で生きているのです。
  • そこから多くの人々を今も救おうとしているのです。

 

とてもありがたいですね。

興味のある方は一度高野山へ足を運んでみてはいかがでしょうか。

奥の院で空海が待っています。

 

映画

  • 「空海」1984年 北大路欣也 主演

 

空海の修行や唐での出来事、最澄との関係など史実に基づいて描かれています。

 

  • 「空海ーKU-KAI ー美しき王妃の謎」 2018年 染谷将太 主演

 

日中共同制作に映画です。空海の史実を織り込みながら楊貴妃の死の謎を解いていく   ミステリアスな面を描いています。

 

小説

  •  「空海の風景」 司馬遼太郎

 

空海の行動について論評を加えながら書かれたものです。

 

  •  「沙門空海 唐の国にて鬼と宴す」 夢枕獏

 

前述の染谷将太が主演の映画にまでなった空海の冒険物語

 

  •  「空海」 高村 薫

 

阪神大震災で地獄を見た著者が、仏について目覚め空海の生涯と空海の祈りを書きとどめ た1冊

 

空海のことわざ・伝承 

  •  「弘法も筆の誤り」

 

嵯峨天皇から額に文書を書くことを依頼された空海は、「まだれ」を「がんだれ」にして 文字を間違えてしまいます。

どのように筆の達筆な人でも間違いはあるものだという意味なのですが、この時空海は額を下ろさず、筆を投げて「まだれ」の点を書いたことから、さすが書き直し方も尋常じゃないという褒め言葉も含まれています。

  • 「いろは歌」

 

いろはにほへと・・・・と続くいろは歌を作ったのは空海です。色は47文字をダブルことなく使い見事な文章となっています。文字を教える時に使ったものです。

 

以上、空海について、その生い立ちと経歴、生き様についてそれを記した作品等を交えてご紹介しました。

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