ドラマ「嫌われる勇気」への日本アドラー心理学会の抗議文を考える




2月3日、香里奈主演のフジテレビドラマ「嫌われる勇気」に対して、日本アドラー心理学会より、抗議文が送付されました。

ドラマ「嫌われる勇気」は、岸見一郎氏・古賀史健氏共著の同名書籍を原案とした刑事ドラマです。

書籍版『嫌われる勇気』は、アドラーという心理学者の教えを「青年」と「哲人」の対話というスタイルで解説した本です。

日本アドラー心理学会というのは1984年に創設された学会であり、『嫌われる勇気』著者の岸見一郎氏も、学会の顧問をしています。

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日本アドラー心理学会によるドラマへの抗議文とは?

抗議文は、日本アドラー心理学会のウェブサイトで全文を読めます。

ここでは一部抜粋しつつ、抗議の内容を考えていきたいと思います。

書籍版『嫌われる勇気』の内容にも、少しだけ触れていますので、原作を読んだことのない人の参考になれば幸いです。

 

ドラマはアドラー心理学の一般的な理解とかなり異なる

貴番組(ドラマ「嫌われる勇気」)のアドラー心理学理解は日本及び世界のアドラー心理学における一般的な理解とはかなり異なっているように思えます。

そのような一般的でない見解を、テレビのような公共的な場で、あたかもそれがアドラー心理学そのものであるかのように普及宣伝され……本学会としては困惑しております。

出典:http://adler.cside.ne.jp/common/pdf/fuji_tv.pdf ( )内補足は当サイト

ここでは、「アドラー心理学の一般的な理解」と異なると言われていることに注目です。書籍版『嫌われる勇気』と異なるとは言っていません。

岸見一郎氏はもちろんドラマ制作にあたって、刑事ドラマとしての脚本や演出に同意していると思われます。

だから学会としては、岸見一郎氏がどう考えているかはともかく、一般的な理解と全然違うよ、と抗議しているわけです。

 

協調性を欠いた「その考え、明確に否定します」

ドラマ『嫌われる勇気』の中では、たとえば「私はただ、感じたことを口にしているだけ」と言っている主人公を「ナチュラルボーンアドラー」としているなど、「相互理解のための努力」や「一致に到達する努力」や「意見や信念を分かちあうための努力」の側面を放棄しているように見受けられます。

出典:http://adler.cside.ne.jp/common/pdf/fuji_tv.pdf

「ナチュラルボーンアドラー」とは大まかにいえば、「先天的にアドラー心理学の本質を習得しているような性格・気質を持つ者」といったところでしょう。

「相互理解のための努力」に関して、香里奈演じる庵堂蘭子は協調性を欠いた性格として描かれています。確かにアドラー学会の指摘は当っており、言いがかりではありません。

ドラマ版「嫌われる勇気」では、香里奈の「その考え、明確に否定します」というセリフが毎回出てきます。

確かに書籍版の『嫌われる勇気』でも「明確に否定します」という言葉が出てきます。しかし、その文脈は、香里奈のように他人の考えを「明確に否定」するのではなく、「アドラーの教えでは、そういった一般的な考えを明確に否定する」と言うにすぎません。

香里奈の「明確に否定します」は、ほぼ個人攻撃ですが、書籍版では個人攻撃的なニュアンスは限りなく抑えられています。(それでも「青年」はいつも侮辱を感じ憤慨していますが。)

 

対人関係をできるだけ避ける庵堂蘭子

自分の行為の結果が他者にどういう影響を与えるかについて、いつも配慮をしなければならないと思います。ドラマの中の考え方には『他者の利害』という見方が完全に欠落している気がします。それではアドラー心理学とは言えません。

出典:http://adler.cside.ne.jp/common/pdf/fuji_tv.pdf

ドラマでは、香里奈演じる庵堂蘭子の「それは私の課題です」「それはあなたの課題です」というセリフが印象的です。

これは書籍版『嫌われる勇気』では、「タスク」として説明される部分にあたると思われます。

このタスクは、人生で達成するべき課題とも言えますが、それは「行動面の目標」と「心理面の目標」という2つの側面から考えられています。

  • 行動面の目標
     自立した生活を送れること
     社会と調和して生活できること
  • 心理面の目標
     私には能力があると感じる
     人々は私の仲間だと感じる

以上が、書籍『嫌われる勇気』においては、アドラー心理学で目指される、基本的な目標と言われます。

これらの目標は、「人生のタスク」をこなしていくことで達成できると言われています。人生のタスクとは、「仕事」「交友」「愛」の3つに分類されています。

 

これらのタスクは、すべて「他者との関わり」に関することがらです。

人間の悩みとは、とどのつまり全て対人関係の悩みである、などと書籍版『嫌われる勇気』では言われています。

一方ドラマと言えば、ナチュラルボーンアドラーと称する庵堂蘭子は、他者との関わりを可能な限り持とうとしません。

誰も庵堂蘭子とチームを組みたがらず、終始、捜査課のチームワークを乱し、自分のペースで行動する。

ドラマにおける主人公が他者との協調性を欠いた人物として描写されている。

 

これでは、日本アドラー心理学会から抗議もやむを得ないといったところでしょうか。

同学会は、フジテレビおよび製作責任者に対して、同番組の放映中止または脚本の変更を求めました。抗議の要求としては、かなり大きなものでしょう。

 

抗議に対するフジテレビの反応

日本アドラー心理学会の抗議に対して、フジテレビがコメントを出したというニュースがあります。

フジテレビ側は「放送中止は考えていない」とし、脚本に関しては「日本アドラー心理学会からいただいたご意見も、今後のドラマ制作に生かして参ります」とコメント。

出典:https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12216-1275710/

あまり相手にしていないといったところですね。脚本に関しては、もうクランクインの段階でほとんど決まっているでしょう。

したがって、もし改変するにしても細かいセリフといった程度しかできないでしょう。全体のプロットを変更することは、実質的にほぼ不可能です。

放映中止・打ち切りになるには、恐ろしいほどの低視聴率を出すこと以外では不可能でしょう。

現在も視聴率は6%程度で、まあまあ低いのですが、これが半分の3%程度であれば、打ち切りの可能性もあったかもしれません。

 

なお、このドラマをきっかけにアドラー心理学や、書籍『嫌われる勇気』を手に取ってみるという方は、大勢いるかと思います。

そういう意味では、抗議を受けたとしても、原作をゆがめていたとしても、ドラマには一定の役割や価値があるかと思います。

「だから抗議なんかするな」という意見もあります。「学会は器が小さい」みたいな。

しかし、違うものは違うと言わねばならないと、個人的には思います。学会がそういう抗議をしたニュースを知って、原作の書籍に関心を持つ方もいるでしょう。

書籍は対話スタイルで書かれており、読み物としては非常に読みやすい本です。