朴葵姫(パクキュヒ)コンサートで感じたクラシックギター音楽の特徴

クラシックギター。

マイナーな音楽ジャンルですが、もっとも未来のあるクラシック音楽の1つと言えます。

この記事では、

若手で最も注目されているギタリスト

朴葵姫(パクキュヒ)さんについてご紹介します。

 

忙しい人のための要約

・音が小さい演奏は斬新で独創的だ
・容姿も伴って可愛らしい演奏というのがぴったり
・彼女の演奏は、演奏者側の安易な感情が抑制された、個性あふれる音楽
・しかしカッコイイ演奏も得意。(ヴィラ=ロボス「練習曲12番」とヒナステラ「ギターソナタ」など)。多彩で豊かな表現方法を持っている
・朴葵姫の代名詞である「トレモロ奏法」はプロの中でも最高レベル

あとは超長いし、
曲や技術の解説も含めたマニアックな感があるので、
パラパラと眺めてくだされば幸いです。

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朴葵姫(パクキュヒ)さんの簡単なプロフィール

朴葵姫さんは1985年韓国生まれ。
日本と韓国の両国育ちの若手女性ギタリストです。

数々の国際コンクールに優勝している実力を持ち、
容姿の可愛らしさも伴い、若手の中では最も有名で注目されている1人。

ギターを弾かない一般の人々にも、広く知られていくのは時間の問題だと思います。

YOUTUBEなどでも動画がたくさん見られます。

1つ紹介すると
2012年アルハンブラ国際ギターコンクールのファイナルの映像。

公式に編集されており、クラシックギターの今を知るには実にいい映像です。
時間のある方はご覧になってはいかがでしょうか。

朴葵姫(パクキュヒ)演奏動画

朴葵姫さんは9:50~12:20、18:48~21:00頃。
他のファイナリストの演奏もとんでもなくレヴェルが高い。

「クラシックギターかっこいい!」
と感じられるかもしれません。

 

朴葵姫(パクキュヒ)さんのコンサートに行ってきた

さて、少し前の話ですが、数年前に朴葵姫(パクキュヒ)さんのコンサートに行ったことがあります。

その公演は、途中休憩を挟んだ2部構成、2時間ほどのリサイタルでした。

コンセプトは、南米の音楽。

南米には

  • ヴィラ=ロボス
  • ポンセ
  • バリオス

など非常に優れた作曲家が数多くいます。

クラシック音楽としての南米音楽は、
まだまだクラシック界では認知が進んでいません。
(ポピュラー音楽では、ボサノバなどありますが。)

クラシックギターにおける南米音楽を通じて、

クラシック音楽文化全体に対して発信できる非常に有力な可能性を持っている。

そのように個人的には思っております。

 

「音が小さい」という革命的な演奏

1曲目はスカルラッティのソナタから3曲。
愛らしいバロック小品です。

ここでCDでは味わえない衝撃を、コンサートで味わいました。

音が小さいのです。

ギターという楽器自体、ピアノやヴァイオリンに比べて音量は小さい。

そうはいっても、朴葵姫さんのは他のギタリストと比べても一目瞭然です。

これは動画やCDではわからないことです。

「なぜそんなに驚くのか?」

なぜなら、現代のギターはまさに「この音量の小さいこと」を問題としてとらえ、
克服しようとしてきた歴史を持っているのです。

この音量の小ささが、ギターがクラシック音楽としての地位を獲得できなかった一因でもあります。

19世紀までのギターはもっとボディが小さく(特に横幅がスリム)、もっと音も小さかった。

それをセゴビアというギタリストを中心にどんどんボディを大きくして、
ギター協奏曲も作曲してオーケストラの中にギターが入れる環境を整え、
今のクラシックギターになっています。

歴史からの逆行という面からすると、
朴葵姫さんの音量は逆にとても斬新な印象を聴き手に与えます。

柔らかく流れる旋律と静かに刻まれるベース音に耳をすます。

  • 「もしかするとこれが本当なのかもしれない」
  • 「ギターを聴くとはこういうことなのかもしれない」

と思わせられました。

 

ソルの「魔笛」

ソル「魔笛の主題による変奏曲」はアマチュアギタリストの間では超有名曲。

ホ短調(Em)の厳かな序奏から、
いきなり楽しげなホ長調(EM)のテーマへ移る8分ほどの曲。

変奏曲の内容はテーマと5つの変奏とコーダ(終結部)。
テーマと変奏はそれぞれ二つの部分からなり、2回ずつ繰り返して次の変奏に移ります。

要するにこういうこと。

序奏→テーマ:AA A’A’→第一変奏AA A’A’→第二変奏AA A’A’……コーダ(終)

これもかなり演奏家によって色んな表現ができる曲です。

例えば

  • 非常に力強い演奏(山下和仁など)もあれば、
  • 変奏曲の特性を活かしたキレのある演奏(ペペ・ロメロなど)

もできる。

朴葵姫さんの演奏はやはり可愛らしい。
ここで筆者必死の注を入れますが、別に容姿に引きずられているわけではなく、そう言うのが最も分かりやすいのです。

「魔笛」は弾いていて気持ちのいい曲なので、つい勢いも良くなります。

しかし朴葵姫さんはそういった演奏者側の安易な感情を抑制し、
まるで聴いたことがない「魔笛」を演奏しているのです。

ちなみに抑制された演奏と言えば、マヌエル・バルエコという大家にもそういった印象を私はもっています。

が、バルエコのそういった演奏はどちらかといえばクールで機械的な正確さといった印象(大げさなクレシェンドやリタルダンドがない)

ですが、朴葵姫さんのそれは抑制されながらもとても温かみのある演奏です

 

ブラジルの大作曲家ヴィラロボス

続いてブラジルの大作曲家ヴィラ=ロボス(お札の肖像にもなっている)。

「ショーロス第一番」
(ショーロというブラジル起源の2拍子のリズム感が見事に伝わる)

「5つの前奏曲より2番・5番」。

どちらも静かな音楽です。

 

「ずっとこの家庭的な、女の子が夜の客間で家族に演奏するような調子でいくのかな?」

と思っていましたが、

前半最後の曲ヴィラ=ロボス「12の練習曲より12番」で一転。

ほぼすべてが32分音符で構成された曲を、
プレスト(超早い)で疾走する演奏は迫力がありかっこいい。

 

「神の慈悲に免じてお恵みを」朴葵姫の真骨頂「最後のトレモロ」

朴葵姫さんを一躍有名にしたのは、トレモロ曲の演奏。

トレモロ奏法とは
単一の高さの音を連続して小刻みに演奏する技法。

ギターなら親指でメロディーを弾き、
真ん中3本の指で同じ弦を3回弾くことで伴奏になります。
つまり、4音で1セット。

これがずっと連続することで、川が流れるような音楽になります。
トレモロを上手に弾くポイントは、
4音1セットと感じさせない点にあります。

  • 速度が遅かったり
  • 伴奏の音が大きすぎたり
  • 音がばらついたりすると

4音1セットの構造が見えてしまう。

すると川の流れの音楽が一転して、
そろばんの玉を1セット一個ずつ弾いて数を勘定しているような、
つまらない演奏に聴こえてしまいます。

要するに、結構難しいです。

アマチュアはもちろん、プロでもトレモロ曲の後半になると、
指の疲れからか、トレモロがばらつくことがあります。

トレモロの有名曲はいくつかあります。

トレモロ曲1、タレガ「アルハンブラの思い出」はポピュラークラシックとしても有名な曲です。

トレモロ曲2、バリオス「最後のトレモロ」はちょっとおもしろいコンセプト。

バリオスという作曲家の家に乞食のばあさんがやってきた。

ババアは扉をノックして
「神の慈悲に免じてお恵みを」といったそうな。

その時のばあさんの扉のノックが、
全体を構成するメロディーになっているそうです。

「神の慈悲に免じてお恵みを」というのが、曲名になってます。
「最後のトレモロ」は通称です。

朴葵姫さんのトレモロは、まさに大河のような安定感と美しさ。
伴奏の音量が見事に抑えられ、その河から親指のメロディが浮きあがってくるよう。

 

クラシックギターはポピュラー音楽も演奏できる

ジスモンチ「水とワイン」「パリアソ」(palhaco[葡];道化)は、
ブラジルの現代作曲家の音楽。

これは非クラシック的音楽で、ポピュラー音楽・映画音楽・ボサノヴァに近く、
日常の風景を美しく切り取ったような印象。

朴葵姫さんの演奏スタイルと相性のいい音楽です。
(特にベース音が、音量と消音のバランスが行き届いた音色で感嘆)

バリオス「大聖堂」はパラグアイの作曲家(この人もお札の肖像)。

3楽章からなる8分程度の音楽。

第一楽章は初級者にも弾けるので、初級者からプロまで弾ける宗教的で荘厳な音楽です。

 

クラシックギターはロック的音楽も弾ける

クラシックギターの可能性の1つは、

ロックよりもロック的であるということ。

アルゼンチンの作曲家ヒナステラ「ギター・ソナタ 作品47」。

これはまさにギターにおける現代音楽であり、

朴葵姫さんもコンサートでこの曲を演奏前に少し解説をしました。

いわく

「不協和音と特殊奏法だらけで聴きにくい印象を受けるかもしれないが、とてもリズムがかっこよく、自分が南米の音楽に関心をもったきっかけの曲」

とのことでした。

4楽章から成るソナタは、前半最後のヴィラ=ロボスの練習曲と同じく、スピードとリズム感、音量のみなぎるダイナミックな音楽。

ギターのかっこいい現代音楽といえば
イタリア作曲家ベリオによる「ギターのためのセクエンツァ」があります。

ヒナステラのギターソナタは、カッコよさという印象でいえば、べリオのセクエンツァに匹敵します。

ベリオやヒナステラのこういった作品は、
我々のまだ知らないギター音楽の秘めたる豊かさ・芸術的な可能性を引き出してくれる、最も重要な作品です。

(2人ともこういったギター音楽をひとつしか作ってくれなかったという……)

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クラシックギターのコンサートは安いよ

朴葵姫さんの斬新な演奏スタイルとその幅広さ、またギター音楽・南米音楽の豊かさを堪能できた、非常にすばらしいコンサートでした。

オーケストラや訳の分からないポピュラー音楽のライブとちがって、

クラシックギターのコンサートはチケット代が安いです。

まあ、ギター1本で済みますから、経費が少ない。

だから安く済むわけです。

たいてい3000円以内でチケットが売られています。

音楽の未来は、クラシックギターにあり、と言えます。

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原型は10年前に作成した私の個人的なノートですが、今読んでも十分に役に立ちます。
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4 件のコメント

  • 誤解されてる様ですが
    かつてギターが音量を求めていたのは千人以上の大ホールで演奏することを想定していたからであって

    資金の潤沢だった頃の古き良き時代とは違って、今は完全に路線変更してクラシック音楽自体がコストの高くリスクの大きいオーケストラに偏重せず、小規模のアンサンブルやソロコンサートを数多くやってリスクマネジメントして採算を得る考え方に変わりました。

    それに対応するために800〜300人程度の響きの素晴らしい中小ホールが沢山作られたため
    クラシックギターも別に音量の大きさに拘らなくてもコンサート楽器としての地位を維持し活躍できる様になったのです。

    そのため、パクキョンヒに限らず今は必要以上に音量を出そうとするギタリストは殆どいないのではないでしょうか。

    あの山下和仁もラミレスをコンサートで使わなくなって久しいです。

    • 【パクキュヒさんについて】
      パクキュヒさんのコンサートにおける演奏は明らかに他の奏者よりも音が小さいなという印象を受けました
      わたしはその耳をすまして集中して聴くことを求められる音色に感動致しました
       
      【音量の誤解について】
      音が小さい=大ホールの演奏に耐えられない=地位が低い
      したがって音量の小ささの克服を求める
       
      という意味ですが、誤解がありましたらご教示くだされば幸いに存じます。

  • 演奏に於ける音量は独奏の場合、演奏者の自由である。アンサンブルとなると揃える必要が出てくる。
    10名程を前にサロンコンサートなら音量を考える必要はない。また撥弦音はそう長く伸びないので、より厚みのある表現豊かな演奏が感動してもらいやすいと思います。

  • 54歳男性です、。フラメンコギター踊り伴奏を練習している者です。個人的な意見ですが、クラシック音楽もマイクで音を増幅することをしてもいいのではないか?と考えています(音が小さい、というのを有難がるのは、何か違うのでは?と思いました)

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