『変女』(此ノ木よしる)の感想~ラブコメまんが歴史の新境地を切り開いた!

『変女』というまんがが、ものすごい。

此ノ木よしる『変女』というラブコメまんががあります。「ヤングアニマル」というまあまあ青年向けなまんが雑誌で連載中。

「ヤングアニマル」は隔週金曜日(第二・第四金曜)に連載しています。コンビニにふつうにあります。

『変女』の登場人物

甘栗千子(ヒロイン)

・・・実家の便利屋を手伝う女子高生。過激な言葉を話すのに、いつも表情が変わらない。

高村亮(男主人公)

・・・千子の実家の便利屋に住み込みで就職した新卒。千子に恥をかかされている。

杉田航平

・・・亮の友人。一緒に千子の便利屋に住み込み就職。落ち着いた性格。最近個性が出てきた。

瀬戸流河

・・・亮の幼なじみの大学生。素直で純情な性格。亮に好意がある。

 

千子・高村・杉田は第1話から登場して、たいてい毎回エピソードに登場しています。

流河は物語の途中から登場し、千子と高村との関係に羨望とかすかな嫉妬を覚えながらも、良好な関係を維持しています。

『変女』はこの4人を主な登場人物として、物語が展開していくラブコメまんがです

 

と、ここまでは『変女』を読んでいる方であれば誰でもご存知のことですが、『変女』を「ラブコメまんが」という概念を通して、分析してみると、『変女』には新しいラブコメまんがとしての顕著な特徴が現れます。

 

ラブコメの要素とは?

『変女』というまんがの構造を分析していくために、まずはラブコメの要素を考えてみます。

 

ラブコメの要素その1:主体性の逆転

かなり昔の時代になりますが、ラブコメ以前のお色気まんがは、男が主体となり、女の子にいやらしいことをするのが一般的でした。(少年マガジンの不良まんがが好例。)

これが1980年代の少年サンデーにおいて登場したラブコメまんがになると、男性にあった主体性が、徐々に女性の側へと移っていき、ある時逆転することになります。

つまり、女の子のほうから、男がとまどうほど強烈な好意・愛情を寄せている、という状況が作り出されます。しかもなんでこんな男を好きなのか全く分からないような状況です。

 

ラブコメの要素その2:女の子が傷つかない

現実では、男がいやらしいことを迫ると、女の子は傷つきます。しかし日本のまんが・アニメでは、女の子は傷つきません。

たとえばお色気まんがのようなものでは、女の子はその場では傷つきますが、次回の物語になると、その記憶はあっさり消去されます。

例)『ドラえもん』でしずかちゃんが何度おふろをのぞかれても、のび太をキライにはならない。

「傷つかない」の敷衍としては、女の子が強い、ということも言えます。

 

ラブコメの例 80年代少年サンデー

例1)高橋留美子『うる星やつら』 ラムちゃん

主人公の諸星あたるは男性としての主体性を発揮し、しのぶはじめ様々な女性にアプローチしていきます。

ところが、ヒロインのラムとの関係においては、ラムが主体性をもち一方的ともいえる愛を寄せます。それに対してあたるは基本的に受身でタジタジとなっています。

ラムちゃんは傷つかないだけでなく、強い。無敵です。

 

例2)あだち充『みゆき』

主人公の若松真人は基本的には何もしません。全くの受身です。

それに対してヒロインの若松みゆきは、非常に行動的な女性で、物語の当初から真人に好意を持っています。

ちなみにもう1人のヒロイン鹿島みゆきは、控えめな性格の女性ですが、同じく当初から真人に好意を持っています。

二人の真人への好意は、物語の最後まで途絶えることはありません。ふたりのみゆきに対する真人の反応は、完全に受身です。

主人公の若松真人は、髪の長さが違うふたりのみゆきのどちらがいいか、延々と決められずに、ひたすら我慢を重ね、小さな喜びで自己を満たしているのです。

 ※ちなみに島本和彦氏が自身の作品『アオイホノオ』の中で、『みゆき』について主人公のホノオに「このまんがは要するに、ロングヘアーとショートヘアー、どちらのみゆきが好きですか? というまんがだ!」といみじくも述べさせていますが、まさにその通り。真人と一緒に読者もどちらのみゆきが好きかを決めるのです。

 

さらに付け加えとして、優れたラブコメにはいやらしさがありません。エッチなのに、いやらしくない!

これは非常に重要な点で、このあたりのさわやかさという点に関しては、高橋留美子やあだち充は天才的です。

これは絵柄の問題ではありません。

たとえば藤沢とおる『GTO』は非常にかわいい女の子が登場しますが、その世界が作り上げる世界観はいやらしさに満ちています。(それが悪いというわけではありません。そもそも『GTO』はラブコメじゃない。)

 

『変女』の場合

以上のラブコメ要素2つと、いやらしさの欠如という点を踏まえた上で、『変女』を考えてみると、以下のことが指摘できます。

・『変女』は女性(千子)が完全に主体性を持っているにもかかわらず、男性側(高村亮)がいやらしいことをしようと試みている。

 参考:作中のセリフ「よし、セクハラしよう!」「千子の前で素っ裸になってやれば、目のやり場に困るだろう!」

・『変女』の千子はどんなことにも「動じない」。その動じなさに、かえって高村や杉田が動揺する。

 →「動じない」とは「傷つかない」の進化であると言えます。

 

要素1(女の子が主体)と要素2(女の子は傷つかない)は密接な関係を持っていることは明らかです。それをまとめると「女の子が男よりも強い」ということになります。

このふたつの要素がそれぞれ進化して合わさったのが『変女』であると言えます。

傷つかない。動じない。エッチなことをされても全然平気で、むしろ男に積極的にエッチなことをしかけていって、男のほうがたじろいでしまう。(ちなみに、これは『みゆき』における若松みゆきにかなり近い!)

 

まとめ

ヤングアニマルというだけあって、絵柄的には高橋留美子やあだち充とは比べ物にならないほどに、青年誌です。

でも決していやらしくない。青年まんが向けのエロ要素+ラブコメ。だからとてもエッチなまんがのはず。

なのに、いやらしさをそれほど感じず、むしろラブコメのさわやかさ・はずかしさ・すがすがしさを感じさせるという恐るべしまんがです。

ちなみに作者は女性です。やはり女性には女性特有のさわやかさというものがあるのでしょうか。

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