ネタバレする奴はクズで許せないのか。うざいむかつくと思う一方でアニメや映画の結末を知っても平気な人がいるのはなぜか

ネタバレの美学、というワークショップに行きました

 

 

ネタバレする奴は悪なのか?

それともネタバレは別にいいのか?

 

そんな議題で、結構面白かったです

 

結論からいうと、4人、学者さん(哲学者・美学者)がいて、全員「ネタバレは悪」っていうネタバレ批判派でした

「ネタバレいいじゃん!」「ネタバレ気にしないし平気、むしろ有益」と考える立場の人がいなかったのは残念です。

 

まあ、そりゃ基本はそうですよね

「ネタバレは悪」「ネタバレうざい」「ネタバレしないでください」「SNSでネタバレする奴マジでクズ」

などなどいっぱい言われます

 

分からないでもない。

 

でも一方で、ブログなんか書いてると、

映画でもアニメでも、ゲームでもまんがでも、ドラマでも小説でも、

ネタバレせざるを得ないところがあります

 

そもそも「作品名 ネタバレ」って調べる人もいっぱいいるわけです

 

この記事ではワークショップの話をしつつ、高等遊民の感想を述べます

 

以下、ネタバレなので注意してくださいww


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ネタバレの美学、ワークショップのネタバレ

まずどんな内容だったか

「スゴ本の中の人」のdainさんが、見事にまとめてくださってます(さすがです)

dainさんのこのツイートのスレッドを見れば、大体概要は分かります

 

以下は私がとりあえずTwitterで流した感想を述べます

そのうち追記するかも(ぜひコメントで、ネタバレ賛成反対のご意見ください)

 

登壇者は4人でしたがいずれも論調としてはネタバレ批判派でした
鑑賞前の内容ネタバレは、鑑賞体験を損なうものという、まあこの辺は常識的な話ですね
なぜ損なうのか、みたいに突っ込んでいきます

 

ネタバレは悪と言われてるけど、なぜ自らネタバレ情報を探しに行く場合は悪ではないのか。 普通、悪といえば、意志に関わらず行為そのものが悪と言われるべき、とか。 だからネタバレの悪ってちょっと特殊 そもそも悪って言葉でくくれないですね

 

自らネタバレ情報探しに行くのも悪だ、作者や作品への不敬罪だ、という極端な意見もあり、それには多くの疑問や反論が寄せられました 全く見てない人より 見る前にネタバレ情報調べてから見る人のほうが、芸術家や芸術界を腐敗させてるという面白主張

 

ネタバレ嫌がる人は、実際は何を嫌がってるのか? というテーマで、結論が 「そのネタバレ情報が正しいか確かめなきゃいけないから」 というこれまた突飛な主張もありました 要は 純粋に楽しめなくなる=鑑賞中に事前に得たネタバレ情報が頭によぎる などなど話題に事欠かないワークショップ

 

↑の主張の出どころは 見てなければネタバレされても、その情報が正しいか、見るまで確かめようがない だから検証行為が発生してしまう という指摘なんかは面白かった この辺は学者さんは賢いなあーと思わせてくれた(エラそう)

 

今回の議論は、基本すべてなんというか観念的な話で組み立てられてましたね ネタバレの歴史的な、事実をとりあえず積み重ねていくというアプローチは取られてませんでした たぶん、過去にネタバレ論争とか絶対あると思うんですが、その辺も研究対象にすると面白そうです ネタバレって言葉の初出とか

 

初めて見る作品でもネタバレ調べる人がいる

ここではさらに感想を述べてみます

 

今回のネタバレの美学ですが

「一回見てから、ネタバレ情報見るのはOK」みたいに学者さんたちはおっしゃってました

 

で、見る前からネタバレ情報接するのはダメ っていう意見

※自発的にネタバレ観にいくのは別にいい、という意見もあり

 

なんでダメかって言ったら

「事前にネタバレしちゃうと、何も知らない状態で見るときの驚きや感動が減るから」という・・・

要するに「初見」を「かけがえのない経験」として特別な価値を与えてるんですよね

 

でも、ブログなんかやってるとわかるんですが

面白いことに「初めて放送されるドラマ」とかでもネタバレや結末を調べる人っているんですよ

 

たとえば「スペシャルテレビドラマのミステリー」とか2時間サスペンスとか

それは「このドラマをより楽しみたい」っていう思いから検索するわけです

 

そのあたり、「驚きや感動」=「まっさらな状態で楽しむこと」と捉えてるのは狭いですよね

 

だって解説されないと分からないところあるし、白紙状態における鑑賞が、豊かな鑑賞体験を導けるという必然性はないです

 

・解説なしで1回観てつまらなかった

・観る前に解説見てから観たら面白かった

 

絶対「観る前に解説見てから観たら面白かった」のほうが、豊かな鑑賞体験なわけです

 

なので、ネタバレ擁護派の立場からの発表がなかったのは、残念だったかな~と思います

 

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3 件のコメント

  • >絶対「観る前に解説見てから観たら面白かった」のほうが、豊かな鑑賞体験なわけです
    何言ってんだこいつは。解説とネタバレは違うしなぁ。
    分かりにくい箇所を事前にインプットしておくという事なら話は分かるけど
    ネタバレってそういう事じゃないだろ。「~が犯人」「~は死ぬ」とか結果を言っちゃうことだろ。
    ネタバレする知的障碍者が事実を捻じ曲げて自己弁護してるだけですよね。
    ネタバレ歓迎!とか言ってる奴がネタバレしてる犯人ですよ。自分を擁護してるだけ。

  • 1コメのいう通り。
    解説とネタバレは違う。

    読んでて気になったのは、
    『自らネタバレ情報探しに行くのも悪だ、作者や作品への不敬罪だ、という極端な意見もあり、それには多くの疑問や反論が寄せられました 全く見てない人より 見る前にネタバレ情報調べてから見る人のほうが、芸術家や芸術界を腐敗させてるという面白主張』ってところ。
    アーティストや製作者サイドの気持ちを考えたら、事前にネタバレをする人も、自らネタバレを探す人も、「悪」に映ったとしてもなんらおかしくない。
    「視聴者に感じ取って、考えてみてほしい。」って想いで作られた映画だったら、初めっから他人の考察やら感想で、見る人の頭の中埋め尽くされてたら製作者サイドの気持ち台無しだから。
    「あーここあれね。こういう想いで作ったって所ね。」なんて気持ちで初めから観られたくないだろう。そういうのは2回目以降、個々又は観た人同士でやるのがマナーというか常識。初見を巻き込むのは論外。
    作る側の労力とか想いを考えたら、それらネタバレを「悪」「芸術家や芸術界を腐敗させてる」と言う意見は当然出てくるものだと思うし、「極端な意見」だとか「面白主張」なんて偏った言い方はできないだろう。
    あと、
    『白紙状態における鑑賞が、豊かな鑑賞体験を導けるという必然性はないです』ってとこ。
    確かに、史実に基づく映画とかは時代背景が分からない人もいるかもしれないから、そういう意味での解説は全然アリ。
    ただ、その解説が、ネタバレになったらアウトでしょう。

    この手の話題に関わる人を大きく分類すると、
    ①「ネタバレが許せない人」
    ②「ネタバレを知りたい人」
    ③「ネタバレをする人」
    ④「ネタバレが平気な人」
    ⑤「製作者サイド」の5種類に分けられると思うんだが、
    作品を芸術だとか未体験を楽しむツールとして捉えてる人が、①「ネタバレが許せない人」で、この人達が楽しめる・感動できるように一生懸命作ってるのが⑤「製作者サイド」の人達なのであって、①と②「ネタバレを知りたい人」が同等かのように語っているが、②の為にわざわざ作品を作っているとは思えない。基本的には初見が驚いたり、感動するように作っているはず。
    (「水戸黄門」みたいなお決まりパターンは例外として。)
    ②みたいな人達が楽しむのは副産物的なものであると思う。

    ①と⑤の作品を楽しみ・楽しませる関係を邪魔するのが、③「ネタバレをする人」。自分は知っているということをひけらかしたい人。④「ネタバレが平気な人」みたいな人もいるが、それは例外的。
    ④は③に対して寛容なだけか、作品に特に感情移入せず、気軽に鑑賞してるかの2種類だと思うから、その人達が存在するからといって、③のネタバレ行為が是認されていると感じるのは、間違い。

  • 解説とネタバレは確かに違うね。
    解説は作品を知ると楽しめる情報(場所・キーワード・人物)
    ネタバレはストーリーを教えるから始まり、探偵ものでは犯人は誰か?(かろうじて殺されるもネタバレになりそうだけど、推理できる余地があるので許す)、RPGではラスボスは誰か?どうやって倒した?とかかな。
    個人的に道中で何が起こり一部をネタバレされても、ゴールから見たら通過地点でしかないから道中のネタバレ自体気にしないかな。
    ただ嫌がる人多いんだよね。
    自分は(人の時間が有限って意味で)時間が無いから沢山ネタバレしてくれてもいいや(極度な嫌悪感は無い)。そっちの方が色々なものに時間割けるしって思う。
    つまるところ自分だったら勝手にネタバレしてくれて構わないかな。

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