ペトラルカ『わが秘密』序文のほぼ完ぺきなあらすじ




 

ペトラルカ『わが秘密』とは

ペトラルカ『わが秘密』は対話篇である。

対話篇には登場人物や、舞台となる場所、日時などの設定が必要である。

 

ペトラルカの『わが秘密』の場合、著者による序文で、舞台や登場人物、また対話のテーマなどが、明快に説明されている。

だから、序文を読めば、これから誰と誰が、何を話すのかといったことが、全部わかる。

 

序文のあらすじを紹介するにあたって、格好の論文がある。

ペトラルカ研究者の林和宏氏による優れた要約と、わが秘密』における対話の基本的性格の解説があるので、引用させて頂く。

(引用元)林和宏「ペトラルカの “Secretum” について」 – 東京外国語大学学術成果コレクション

 

ちなみに Secretum とは、『わが秘密』の原題である。ほかに『現世の軽蔑について』などといったタイトルで呼ばれたこともある。

序文のあらすじ

(以下は、上掲の林和宏氏による論文からの引用です。)

 

いつものように「私」がみずからの過ち多い人生に思いを致していると、どこからともなく一人の女性が目の前に現われた。

この世の者とも思えぬそのあまりのまぶしさに気後れし、うつむいていると、彼女のほうから声をかけて言うには、「おまえの過ちに憐みを覚えて、はるばる救いの手をさしのべに降りてきたのです」

彼女は、叙事詩『アフリカ』のなかで「私」も歌ったことのある真理の女神(Veritas)だった。女神に促されるままに言葉を交わし始め、しだいに顔も直視できるようになった。

するとその傍らに佇む一人の威厳に満ちた老人の姿が目に入った。問うまでもなく、誉れ高いアウグスティヌスに違いなかった。

瞑想に耽る聖人に向かって女神は、この世にあったときの苦難を思い起こして、死に瀕した「私」の病いを治してくれるようにと、懇願した。

師父は承諾し、「私」を温かく励ましながら、女神のあとについて人里離れた場所へ導いた。

 

そして三日にわたり、彼女が黙って見守るなかで対話を繰りひろげた。

時世に対する批判や死すべき人間に共通の罪について大いに語りあったので、「私」一個に対する、というよりもむしろ人類全体に対する告発の観があった。

とはいえ、「私」の記憶にひときわ深く刻まれたのは、やはり「私」をめぐってなされた議論であった。

この親密な対話を忘却しないためにこの小著を書いた。

だがこれによって名声を得るつもりはない。折にふれて読み返し、対話のさいに経験したあの甘美な思いを再び味わいたいだけだ。

この小著が人びとの群れを避けて「私」の許に留まることを望む。

なぜならそれは「私」の「秘密」であり、またそのように呼ばれることになるからだ。

なお、対話の書き表し方としては、発言者の名を頭に出すだけにし、「と言った」は省いた。

この書き方はキケローから学んだ。だがその彼もプラトンから学んだのである。さて、まずアウグスティヌスが話を切りだした。

 

序文の解説

「序」の内容はほぼ上のように要約される。

ここには、すでに対話の基本的性格が充分に窺われる、というよりもむしろ、”Secretum”を一個の作品たらしめようとする作者の意図が如実に示されている、と言うべきか。

主な問題点を拾えば、キケローとプラトンへの言及は、無論、表記上の技術に留まらず、対話篇の伝統が意識されているだろうし、おそらくさらに、倫理哲学の領域においてプラトンからキケローへと下る流れの延長上に”Secretum”を位置づけていることの示唆として読めるだろう。

また対話を行なうにあたって俗世間から遠く離れた場所が選ばれた意図も、おそらくペトラルカの社会における生き方と結びつけて問題にされる必要があるだろう。

あるいはまた、ふたりが時世や人間一般の罪をめぐって語りあったと述べていることは、すぐにつづけて中心的議題はあくまでもペトラルカ個人の罪であると断られているにもかかわらず、大いに気になる点である。

 

(引用ここまで)

以上が林氏による序文のあらすじとその解説である。

林氏はこの文に続けて、とりわけ気になる点として、ダンテ『神曲』との対応を挙げ、それ以降の論を進めている。

すなわち、ベアトリーチェは神学を、ウェルギリウスは理性を寓意しているが、この点で『わが秘密』は見事に対応しているという。(=真理の女神とアウグスティヌス)

 

補足:ペトラルカの公開意図について

ペトラルカ自身は、『わが秘密』を秘密のままにしておき、公開意図がないと言っている。

だが、このペトラルカの言葉は、どういうわけか、研究者たちにはほとんど信用されていない(笑)

 

詳しくは、こちらの記事に書いてみた。

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