カッシーラーとペトラルカ
エルンスト・カッシーラーは、ルネサンス時代の哲学研究において、貴重な業績を残しています。
ペトラルカ『わが秘密』の魅力と、ペトラルカの無常観について、以下のように語っています。
ペトラルカの生活と哲学は常にこれら二つの焦点の周辺を動いて、古代=人間的な要求と中世=宗教的な要求との和解を求めて、絶えず新たに格闘を繰り返している。
しかし、この戦いの休止点、矛盾対立する諸々の傾向の内的均衡は、ペトラルカにあっては達せられなかった。
むしろ、ペトラルカの対話篇の魅力や活気はすべて次の点に存するといえよう。
すなわち、彼の対話篇はわれわれをこの闘いそのものの真只中に投げ入れるという点、自我が相対立する精神的諸力に休みなく、支えもなく翻弄されているのを、彼の対話篇が示しているという点である。
ペトラルカの内面的世界は、キケロとアウグスティヌスの間に分裂したままである。彼は一方において追求したものを、他方においては斥けねばならない。
彼にとっては生の精神的内容、精神的価値を構成するものも、宗教的には価値なきものとせねばならない。
ペトラルカが彼の自我のすべてを傾けて執着していた世俗的・人間的理想のすべて、名声、美、愛といったものもこうした判決に付される。
まさにここから、あの精神的自我の分裂、魂のある病気が生じる……この闘いの結果として最後に残されたものといえば、諦め、この世に対する倦怠、「アケディア」(acedia)のみである。
生はかくして夢となり夢幻となる――このようにペトラルカは自らの思いを述べたのである。すなわち、生はそれ自身の無を見るが、その無から逃れることはできないのである。
カッシーラー、E. (1999)『ルネサンス哲学における個と宇宙』末吉孝州訳、太陽出版