やりがい搾取の意味がすぐ分かるマルクス哲学超入門




2016年おおみそか、ガッキーがNHK紅白歌合戦で恋ダンスを恥ずかしがりながらも踊ってくれました。

逃げ恥のひらまさ役の星野源さんが歌っているのだから、みくり役の新垣結衣さんが恋ダンスをしてくれることを期待した人たちは多い。というか日本中のほとんどすべての人が期待していたことでしょう。

しかしTwitterをはじめとして一部で「これは恋ダンスの搾取ではないか?」という声があがっています。

 

紅白での「恋ダンスの搾取」とは?

「搾取」というのは、逃げ恥のドラマ内で、事あるごとにみくりが口にしていた言葉。

商店街の要請に対して「私、森山みくりは、やりがいの搾取に断固反対します!」

ひらまさに対しても「私、森山みくりは、愛情の搾取に断固反対します!」

そんなみくりの姿はドラマを観ていた人であれば誰でも覚えています。

 

さて、大みそかの紅白歌合戦で星野源さんが歌ったのはもちろん逃げ恥のエンディングテーマである『恋』。星野源さんが歌っていたとき、まあカメラがガッキーのほうに寄るわ寄るわ(笑)

星野源さんのほうも「日本の皆さん、踊ってますかー!?」なんて盛り上げているから、否が応でもガッキーへの期待が高まります。

ガッキーはなかなか踊りませんでしたが、最後の最後で、少しだけ踊ってくれました。これに視聴者もNHKも、大満足したという、てん末でした。

 

しかし上記のように「搾取」に敏感だったみくり=ガッキーが、紅白歌合戦でいやいやながらも(?)恋ダンスをした姿を見て、一部のファンは「これは恋ダンスの搾取だ!」とツイートしたのです。

 

「搾取」とはそもそも哲学的な用語だった

 

ところで「搾取」とは何でしょうか。「やりがい搾取」「愛情搾取」。何となくニュアンスは分かるので既に世間に浸透している言葉ですが、もともとは主にマルクス・エンゲルスが提示した哲学・経済学の用語でした。

 

搾取をごく簡単に説明してみます。

資本主義社会では、労働者は自らの労働力を商品として資本家に売ります要するに、会社に雇われて働くということです。

そして労働者とは、そもそもどこかに雇われないと生活ができないという弱い立場に立たされているため、どうしても雇い主よりも立場が弱くなります。つまり、対等な条件で労働契約を結ぶことが不可能なのです。

というのも、企業側は、労働者が働いた結果生み出してくれた労働の価値を、対価として労働者に全額支払うことはありません。なぜなら、利益を100%労働者に渡してしまっては、会社として成長できないからです。

要するに、余った利益を会社は更なる利益拡大のために投資するのです。単純な例ですと、100万円の元手で当月50万円もうかったとします。そのうち労働者には30万円渡して、会社には20万とっておいて、翌月は120万円の元手で事業を展開するということです。そうすると同じ条件下であれば、翌月は60万円の利益が見込めますね。労働者に50万円支払われることはありえないのです。

 

以上は搾取の一例です。現代での搾取のイメージはこんな感じでしょうか。実はもう一つ例があり、マルクスらの文脈ではこちらのほうがふさわしいかもしれません。(といってもよく読めば同じことの裏返しです。)

 

すなわち、労働の対価として労働者が受け取るべき金額以上に、企業が労働者を働かせるという場合です。たとえば時給800円のコンビニのバイトであれば、1時間に800円分の労働をすることが単純な対価となります。例えば30分で800円の利益が出るまで売れたら、あとの30分は働く必要がないといえばないです。もちろん雇い主はそんなこと許しません。

つまり、雇い主は労働者に時給800円以上の労働を当然のように求めているのです。どんなに一生懸命働いても800円。適当にさぼっても800円。そりゃさぼりたいのですが、さぼったらクビです。労働者はクビになったら生活できない弱い立場なので、労働者は一生懸命働かざるを得ません。

この辺から上記の「やりがい搾取」が生れてくる構図も見えてきませんか? 「やりがいを求める」とは、労働者に一生懸命働いてもらうための論理なのです。これは労働者側も、やりがいのない仕事よりも、やりがいのある仕事のほうが望ましいだけにタチの悪い論理に仕上がっています。

 

搾取によって生まれる独占資本主義社会

マルクスはこの搾取を非常に問題視しました。資本家は、商品を売って利益を出すことを目的に事業を展開します。その商品の主な買い手は、労働者です。しかし労働者は搾取によって所得を低く抑えられています。そうすると消費が縮小し、商品が売れず、資本家がもうかりません。すると資本家は、利益を最大化するためにコストカットを行います。さらに労働力を安く買いたたき、また商品の質を下げていきます。こうしてさらに労働者の所得が低くなる・・・要するにデフレスパイラルです。

こうして商品の売れない、力の弱い資本家は破産し、労働者は失業者となります。そしてより大きな資本家のもとに、その資本および労働力を吸収されていきます。これを「資本の集中」といいます。資本の集中が続けば、少数の強力な資本家が残ることになり、独占が生まれます。

このような独占資本主義は、20世紀の初頭にはじめて誕生しました。こうして社会主義運動が急速に発展していく歴史が見えてくることになります。

 

おわりに:紅白でのガッキーの恋ダンスは搾取だったか?

 

さて、「搾取」という言葉のルーツをめぐり、哲学や経済学や歴史の流れをさらっと見ていきました。

ここで本来のテーマに戻り、紅白のガッキーに要請された恋ダンスは、果たして搾取だったのか? 考えてみたいと思います。ちなみに「要請」というのはカメラがガッキーに近寄るなどといった、無言の圧力ですね。

ガッキーは本来、ゲスト審査員として紅白に出演しています。そこでガッキーが提供すべき労働とは「審査をすること」です。歌を聞いてコメントを述べたりということですね。

「恋ダンス」をすることは、提供すべき労働としては入っていないことになります。もしもガッキーが星野源さんと同時にステージに立つという出演内容であれば、ガッキーは「恋ダンス」を労働として提供すべきでしたが、実際は審査員なので違います。

つまり、かなり思い切って言いますと、恋ダンスやみくりという役柄は、紅白ゲスト審査員ガッキーとはある意味で「無関係」なのです。もちろん逃げ恥があったからこそのゲスト出演なのですが、厳密にいえばゲスト審査員ガッキーと逃げ恥ヒロイン森山みくりは無関係です。

その無関係な「恋ダンス」や「みくりとしての役割」を要請されたガッキーはまさに「恋ダンスの搾取」「みくりの搾取」を受けていると言うことができます。

搾取とは逃げ恥でも取り上げられていただけあって、現代日本でもいまなお社会問題になっています。この記事が、搾取について考えるきっかけになれば幸いです。

 

以下は「やりがい搾取」について詳しく考えた関連記事です。

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