『よあけ』
ユリー・シュルヴィッツ作・画、
1974(原作)、福音館書店
大人になってから、絵本を数百冊読んだ。
そのなかの、ほぼ圧倒的に第1位な傑作絵本。
それが『よあけ』です。
よあけ前の風景を描いた絵本です。
紺・黒・暗い緑の3色を中心に、
夜明け前の静かな世界を描いています。
文字数も非常に少なく、28頁の本で、
原稿用紙一枚分もありません。
映画を観ているよう。
しかし映画と違い、絵本は1分で読めてしまいます!
かなり長くても10分。
そのわずか数分間の世界で、
作者は読者に美しいものやメッセージを示すことになります。
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よあけが1分間で表現した世界
では『よあけ』はたった1分間で私たちに何を伝えるのでしょうか。
この絵本のすごいところは、音を描いていることです。
夜明け前の湖を想像してください。
湖の向こうには山が黒々としずもり、
ほとりの樹木の下には、
おじいさんと孫が毛布にくるまって眠っています。
うごくものがない
完全な静寂。時が止まったよう。その時――
あ、そよかぜ・・・
だんだんと時が動き出します。
そよかぜがふき、白いもやがたちこめる。
こうもりが一羽舞い、かえるがぽちゃりと湖に飛び込む。(蛙飛び込む水の音!)
鳥が鳴き、おじいさんが起きます。
夜明けが近づくとともに、音がだんだんと大きくなっていることも感じられます。
この作品は絵本の持つ力を示しているように思います。
詩だけでは決してこれほどの静かな美しい世界を描くことはできないでしょう。
よあけのモチーフ
唐の詩人柳宗元(りゅうそうげん)の
「漁翁」(ぎょおう)(7文字×6行)を使ったとのことです。
ここでその「漁翁」を見てみましょう。
漁翁 夜 西巖(せいがん)に傍(そ)うて宿り
暁に清湘(せいしょう)を汲んで楚竹(そちく)を然(た)く
煙銷(き)え 日出でて 人を見ず
欸乃一聲(あいだいいっせい) 山水緑なり
天際(てんさい)を回看して中流を下れば
巖上(がんじょう) 無心に雲 相逐(あいお)う
漁師のじいさんは、夜は西の岩陰ですごし、
夜明け方には清らかな湘江の水を汲んで竹を燃やす。
もやが消えて日が出たと見る間に山と水の緑が現われた。
もはや人かげは見えず、漁師のうたう舟歌が聞こえるだけ。
(※舟歌ではなく櫓を漕ぐ音との解釈があり、シュルヴィッツの絵本は後者の音を描く。)
はるかに天のはてをかえり見つつ流れを下れば、岩の上から雲が無心に追ってくる。
(以上『中国名詩選』岩波文庫を参照)
柳宗元の詩を読んでも、詩心ゼロの私は「あっそ」としか思わないんですが、
シュルヴィッツの絵本を観れば、美しさが分かるのです。
ちなみに柳宗元には「江雪」(こうせつ)という5文字×4行の詩があり、
これは詩心ゼロの私でも「おお~」と思えます。
『よあけ』。ぜひ近所の図書館でお手に取ってみてください。
原作は英語、Uri Shulevitz, “The Dawn” です。