よき友は激怒した。かの邪知暴虐な高等遊民を必ず除かねばならぬと決意した。
よき友には文学がわからぬ。よき友は村の牧人である。笛を吹いて、歌を歌って、、、なんかそんな感じで過ごしてきた。
だが邪悪には人一倍敏感であった。
よき友「高等遊民さーん、お願いしますよ。」
高等遊民「すいません。」
よき友「いや、いくらなんでもさあ。」
高等遊民「これは本当にすいませんでした。」
よき友「ドストエフスキーの『罪と罰』を読んでないって、、、」
高等遊民「いや、途中までは読んだんです。」
よき友「いつ? 途中って、どこまで?」
高等遊民「高校生の頃かな。」
よき友「内容覚えてんの?」
高等遊民「あのー、えーと、若い男が、ばあさんを手にかけるんだよ。」
よき友「そんなん読んでなくたって知ってるだろ!」
高等遊民「すいません!」
よき友「あなたが本を読むのってなんのためなんですか?」
高等遊民「はい?」
よき友「知らない本を、さも読んでるかのように振舞うためですか?」
高等遊民「いえいえ、そんなことは決して!」
よき友「じゃあどうして『罪と罰』読んでないの。いや、別に読んでなくたっていいんだよ? この世に必読書なんてないからね。でも、あなた、読んだふうにしていましたよね????」
高等遊民「弁明の余地もありませぬ。申し訳が立ちませぬ。風立ちぬ。」
よき友「あのね、アニメを観てる場合じゃないんだよ。どうせ堀辰雄も読んでないんだから、あなたは。これは本当に重大な問題だよ?」
高等遊民「なぜそれをご存知で。しかし重大な問題とは?」
よき友「いや、あなたは確かに、鋭い文学的なセンスを持っているかもしれない。でもドストエフスキーの『罪と罰』読んでいないってのはさ、もうそういうセンス以前の問題なわけです。いくら運転のセンスがよくても、免許を持っていなかったら、公道を走ってはいけないんですよ。」
高等遊民「つまり『罪と罰』の読書経験は、文芸を語る上でのライセンスということですか。」
よき友「そう。『罪と罰』が、やはり文学の金字塔なわけで、それは単に奥深さだけではなく、娯楽・純粋なおもしろさとしても群を抜いているわけだよ。だから『罪と罰』を読んでれば、それを規準にして色々な作品を比べたり、判断したりできるの。たとえば『カラマーゾフの兄弟』。これはキャラクターが複雑すぎて、話も錯綜していて、難解だから読んでなくても大丈夫なんだけど……でも読んでるよね?」
高等遊民「そりゃあもちろん。」(注:高等遊民はこれ以上怒られたくなかったので嘘をついた。本当は3分の1しか読んでない。)
よき友「いやほんとこれも読んでなかったら、今まであなたとしていたドストエフスキーの話はなんだったんだということになるからね。」(注:よき友は『ドストエフスキー全集』を所持通読している。)
高等遊民「……ええもちろん! でも『地下室の手記』が私としては一番傑作だと思うんですがね。」
よき友「はぁ~。これだから、ライセンスがないと言うんですよ。いいかい? もう帰って、今すぐ、『罪と罰』を読みなさい。読めば『地下室の手記』が最高傑作だなんて世迷いごとはもう言わないから。どうせ持ってるんでしょ。」
高等遊民「高校生のときから持ってますよ。」
よき友「自慢げに言っていないで、どうして読まなかったのかを反省すべきです。」
高等遊民「あの~、ゲーテの『ヘルマンとドロテーア』を読んでいたら、いつの間にか今に到ると……。」
よき友「駄作じゃねえか。」
高等遊民「なんだって!! いや、確かにたいしておもしろくない! なぜあんなマイナーな作品を知っている!!」
よき友「いいか? このままじゃ、あなたただちょいとばかしセンスのいいヤツで終わっちゃいますよ。センスはいいんだからさ、それはもうおれも全然否定しない、否定しないどころか、素晴らしいと思う。だから、もうちょっと、腰を落ち着けて、やってみましょうよ。」
高等遊民「この男……底が知れん!」
よき友「スラムダンクはいいから!」
新潮文庫や光文社古典新訳文庫より岩波文庫。
『走れメロス』はもはや古典ギャグ小説。
光文社古典新訳文庫が最高。「俺」で訳している。