【ストア派自然学の要約と解説】ロゴスと唯物論の融合

加藤信朗「ヘレニズムの哲学」を参考に、ストア派の学説についてを概観してみます。
※(服部英次郎、藤沢令夫編『岩波講座哲学16』岩波書店(1968)所収)

ストア派の学説は、論理学・自然学・倫理学の3つに大別されます。

前回は、論理学・認識論について概観しました。今回は、自然学について。

前回記事はこちら。
ストア派の学説を概観する:論理学

 

(3)自然学

自然(physis)とは、「宇宙を保つもの」「大地の上に生きるものを生育させるもの」である。ゼノンの定義(とされる)によれば「自然とは生成を目指して道にしたがって歩む、造る知としての火」である。自然は作る力として把握され、この力は技術(technee)と呼ばれる知である。火とは「熱い気息(pneuma)」である。自然は特別に生ける自然であり、生けるものすべての原理である。ストア派の自然存在論の特徴は次の三点に要約される。

1.自然は「自生物」の原理である。自然物は自己の存在を保とうとする根本の傾向「自然衝動(hormee)」を与えられ、それによって生育し、存在する。自然物の存在とは、個々に与えられた個々の存在であり、個々の自然物は存在を自己によって保つ。存在の個別性と自存性。

2.個々の自然物はある時に生まれ、ある期間その存在を保持した後、また亡びていく。存在の有限性(時間性)と壊滅性。

3.だが自然それ自身は、個々の自然物を生成する原理として永遠不滅である。自然それ自身と個々の自然物の関係は、全体と部分の関係で理解され、全体は部分にその有限な存在を与えるもの、部分は全体からその存在を受けて、また返すものとして考えられる。個別性、有限性としての自然存在の把握と並行する、全体性、永遠性としての自然存在の把握。

 

 

(3.1)「宿命」(heimarmenee)

自然が存在の生成と壊滅の原理をもつと考えられる限りで、自然は「宿命」と呼ばれる。ヘイマルメネーは動詞メイロマイ(meiromai)から由来し、各自に割り当てられた取り分、分け前を意味する。モイラ(moira)と同義で、ストア派の語源学によって「結びつける」を意味する語エイロー(eiroo)に関係付けられ、それは「絡み合わされた原因系列」「原因の絡み合い」を意味すると解釈された。これは、全体と部分の関係が、部分を制約している諸原因の絡み合いとして理解されていることを意味する。そしてこの場合、原因と時間において先行する原因であり、ある場合、偶然的とも思われる先行諸原因の絡み合いが個々の自然物の生成を制約し、このような絡み合いを通じて、部分に対して全体はその存在を分与するものとして関わってくる。ここには、個々の自然存在を個別性において、与えられたあらゆる個別的状況とともに容認した上で、なおかつ個別存在の一切を全体存在に依存させようとした思索の意図がある。ここに必然性と偶然性とが奇妙に織り成されているかに見えるストア派の宿命論の特徴がある。

 

(3.2)「予知」(pronoia)

しかし、一見偶然のように見られる原因の絡み合いは、実は大自然の予知を示すものである。「自然により生成するものは何ひとつとして無駄に生ずることはない」。大自然のなかの個々の自然物、自然物のなかの諸部分は互いに密接な関係を作り、一つの美しい全体を作り出している。これは造る力としての自然の予知を示すものにほかならない。

 

(3.3)「万有の火化」(hee ekpuroosis toon holoon)

火化とは、自然により生まれた一切の自然物が、究極においては火として、その本源である造る火としての自然そのものに帰還するという説である。世界が生成と壊滅の一大時期を経過しながら永遠に回帰するとする循環論的な時間論の上に立つもので、一切の内において一切である永劫の生命としての自然の生命力を感覚的に形象化する説である。

 

(3.4)神

このような自然はそれ自身、神である。この神は全宇宙を貫流し、予知をもって支配する全一なる神であり、ゼウスとも呼ばれるが、これはまた宇宙の各部分において果たすさまざまな機能に応じて、さまざまな名前で呼ばれるものでもある。こうしてストア派はギリシア伝来の多神をその宇宙神論の内に吸収し、本来、自然の諸機能の神格化という面を持っていたギリシアの神々をその本源において合理化して統一した。

 

(3.5)ロゴス

予知と定めをもって宇宙を形成支配している自然である神は、ロゴス(logos)とも言われる。ここでロゴスは、とりわけ自然物を造る力として認められていると言える。ロゴスは個々の自然存在者を全宇宙のなかにおいて、そのものとして存在させている制約の総体である。したがって、それは宿命と全く同じであり、全宇宙的な関係において初めて現実的になるものとして宇宙を支配する「公共のロゴス」と言われる。

 

(3.6)種子的ロゴス

ストア派の宇宙観は、宇宙を生き物として構想され、生物との類比として全体的に理解される。ロゴスはここでは生き物である宇宙のうちに含まれる種子であり、その中にやがて、全宇宙として展開する自然の生命力が内包されている。この種子であるロゴスが、無規定な質料に働きかけることによって、宇宙内の一切が形成される。この際、ストア派は、働きかけるものも、働きかけられるものも、物体でなければならないと考えたので、ストア派の唯物論が成立した。物体であるこのロゴスは他の一切の物体に遍通し、霊妙な働きを及ぼす「気息」であるとも言われるものだから、通常の唯物論とは違う。しかし物体的なものの他に不変の実在を許容せず、変化する物体である個別存在だけを実在として認めたのであるから、その意味では物体主義であり、現実主義であった。この各部分にまかれた種子的ロゴスの質料への働きかけを通じて、一であるロゴスの宇宙形成の働きは行なわれる。
宇宙はこのような一つのロゴスによって生成し、これによって一つとして保持され、結ばれているのであり、それゆえ、そこに宇宙の各部分が互いに他の部分内に生起する事象を共感するという宇宙の「共感(sumpatheia)」の観念が生じる。

 

(3.7)目的論

予知による全自然の目的論的秩序の顕著な特性は、人間主義である。人間には、神々とともに、宇宙における中心の位置が与えられる。人間は神々のため、および人間相互のために造られた、動物は人間のために造られた、植物は動物のために造られたと言われ、ある場合には日月星辰の運行も生物の生成のためであるとも言われている。
人間の優越した地位は理性の力、すなわち観想と反省の力に基づくとされる。人間は宇宙における自然の秩序を認識し、これに基づきこの秩序を模倣すべく行為しうる存在であるから、特別に「神に愛されるもの」として「神々とともに宇宙の大都市国の市民」たる資格を持つ。ストア派における自然学の研究は、人間にこの「自然」としての自己存在の本源への還帰を可能にするものであり、その意味において自然学は哲学の不可欠の部門であった。

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