ニート必読の漱石『それから』で高等遊民の生活を学ぶ

      2017/03/04

夏目漱石『それから』の主人公、長井代助は、いわゆる高等遊民の代表として描写されている。

漱石自身が代助を形容して「高等遊民」と書いているわけではないが、代助の生活ぶりは、明らかに高等遊民のそれであることが見て取れる。

 

高等遊民とは、簡単に言うと働かないで暮らしている人間のことで、現代でいうニートと相通じるものがある。

しかし高等遊民・ニートと言えども、日がな1日布団の上にいるのではない。

何もしないでいることはツライ。働いていようが、高等遊民であろうがニートであろうが、生きていく上では何かをしていなければならない。

 

そして、高等遊民は、自発的に当時の流行や学問の知見を得ようと努力していた。

高等遊民は「上昇志向」を失っていないのだ。

代助の生活をつぶさに眺めることで、高等遊民の生活や、自らを高めていく営為について学んでみたい。

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『それから』を読む方法論

難解な文学理論や、小難しい批評的技術など不要だ。

ただ読む。愚直に読む。つぶさに読む。方法論などない。頭からしっぽまで読み、学びを得る。

「書けないこと=自らの限界」である。

 

『それから』本文の詳細読解(1章前半)

誰かあわただしく門前をけて行く足音がした時、代助だいすけの頭の中には、大きな俎下駄まないたげたくうから、ぶら下っていた。けれども、その俎下駄は、足音の遠退とおのくに従って、すうと頭から抜け出して消えてしまった。そうして眼が覚めた。

書き出しはこうである。まどろみの中で足音が聞こえ、それが下駄のイメージを脳裏に浮かび上がらせた。

枕元まくらもとを見ると、八重の椿つばきが一輪畳の上に落ちている。

高等遊民たるもの、寝室に花のひとつでも飾らねばならない。風流を解する精神が重要である。

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寐ながら胸の脈を聴いてみるのは彼の近来の癖になっている。動悸どうきは相変らず落ち付いてたしかに打っていた。彼は胸に手を当てたまま、この鼓動のもとに、温かいくれないの血潮の緩く流れる様を想像してみた。これが命であると考えた。自分は今流れる命をてのひらで抑えているんだと考えた。それから、この掌にこたえる、時計の針に似た響は、自分を死にいざなう警鐘の様なものであると考えた。

高等遊民たるもの、自らの生に常に疑問を持っている。

自分の生は常に不安にさらされている。生きている目的もなく、さりとて生に理由など、積極的に求めもしない。高等遊民とはこのような態度で生きる。しかしながら、死には恐怖する。むしろ、無為な生を送っているからこそ、余計に死のことなどを考え、不安をかきたてるのだ。

彼は血潮によって打たるる掛念けねんのない、静かな心臓を想像するに堪えぬ程に、生きたがる男である。彼は時々寐ながら、左の乳の下に手を置いて、もし、此所ここ鉄槌かなづちで一つどやされたならと思う事がある。彼は健全に生きていながら、この生きているという大丈夫な事実を、ほとんど奇蹟きせきごと僥倖ぎょうこうとのみ自覚し出す事さえある。

ほら、怠け者ほど死を思い、死を思う人間ほど生きたがる。坊主は人に死を説いてまわる。だが当の自分こそ、他人に死を語ることで、自ら死について向き合う時間を避けているのだ。

彼は心臓から手を放して、枕元の新聞を取り上げた。夜具の中から両手を出して、大きく左右に開くと、左側に男が女をっている絵があった。彼はすぐ外のページへ眼を移した。其所そこには学校騒動が大きな活字で出ている。

枕元に新聞があるということは、誰かが寝ている代助の枕元に、朝刊を置いているのだ。朝目覚めて、昨日の新聞を開く人間はいない。

そして、左側に絵がある。これはコボちゃんみたいなものだ。そして学校騒動の記事。ということは、社会面だ。

高等遊民たるもの、朝起きたら新聞を開き、社会面に目を通さなくてはならない。

立ち上がって風呂場へ行った。
 其所で叮嚀ていねいに歯を磨いた。彼は歯並はならびいのを常にうれしく思っている。肌を脱いで綺麗きれいに胸とを摩擦した。彼の皮膚にはこまやかな一種の光沢つやがある。香油を塗り込んだあとを、よくき取った様に、肩をうごかしたり、腕を上げたりする度に、局所の脂肪が薄くみなぎって見える。かれはそれにも満足である。次に黒い髪を分けた。油をけないでも面白い程自由になる。髭も髪同様に細くかつ初々ういういしく、口の上を品よくおおうている。代助はそのふっくらした頬を、両手で両三度でながら、鏡の前にわが顔を映していた。まるで女が御白粉おしろいを付ける時の手付と一般であった。

高等遊民は、布団から出ると、すぐに歯を磨く。朝飯前に歯を磨くのだ。

そして自らの身体を観察する。自らの肉体に満足できぬようであれば、高等遊民とは言えぬ。

高等遊民たるもの、食事や運動に気をつかい、それなりに節度と美を保った肉体をキープしなければならない。

約三十分の後彼は食卓に就いた。熱い紅茶をすすりながら焼麺麭やきパン牛酪バタを付けていると、門野かどのと云う書生が座敷から新聞を畳んで持って来た。

見よ。明治のご時世に、バタートーストと紅茶である。しかも熱い。緑茶は熱く出しては味が落ちる。しかし紅茶は熱く出さねば味が落ちる。

思想の知識だけでなく、こうした生活上の知恵も心得ているほど、高等遊民たるもの、西洋事情に通じてなければならない。

 

まとめ

高等遊民のあるべき姿を『それから』から学ぶという趣旨の記事だ。

ここまでで高等遊民の生活信条をまとめると以下の通りである。

  1. 枕元に花を飾る
  2. 植物についての知識はある程度備えている
  3. 自分の体を気遣っている
  4. ある程度の節制と肉体のバランス均衡を保っている
  5. 朝起きたら新聞に目を通し社会面を軽く読む
  6. 世の中の出来事もきちんと押さえておく
  7. 朝布団から出たら歯を丁寧に磨く

植物の知識は一朝一夕では身につかないが、歯を磨いて肉体美に気を遣うべし。

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