森鴎外29歳の新書簡!日本近代文学史上の歴史的意義とは?(2017年発見)




2017年1月、森鴎外29歳の時に書かれた書簡が新たに発見されたとニュースになりました。

 

森鴎外29歳時の書簡、2月初公開 初期の創作活動知る資料  日本経済新聞

 

 

発見された書簡の概略とは?

ニュースサイトのリンクは、時間が経てば消えてしまうかもしれないので、概略を以下に記載します。

・新たな書簡は『森鴎外全集』未収録のもの

・文京区立森鴎外記念館が昨年夏に都内の古書店から購入、2017年2月2日から初公開。

・日付は1891年(明治24年)2月27日付け、同時代の小説家、饗庭篁村(あえばこうそん)宛のもの

・書き上げた原稿「朗読法につきての争」(全集22巻所収)を、篁村に見せたかったという内容

・原稿の内容は、当時篁村らが、東京専門学校(現早稲田大)に設置を提案した「和文朗読法の科」に鴎外が賛同するもの

・91年は鴎外の創作活動の初期にあたり、前年に『舞姫』が発表されている。

 

「朗読法につきての争」は、現代語訳をしてくださっているサイトがあるのでご紹介します。

Blogことば・言葉・コトバ 森鴎外の朗読批評論「朗読法についての争い」

 

こちらのサイトをじっくり読ませていただくと、先にニュースの概略としてあげた「「和文朗読法の科」に鴎外が賛同するもの」という説明は少々単純すぎるようにも思えます。

鴎外がテーマにしているのは、篁村が提案した「和文朗読法の科」の設置について、新聞上で一般市民が議論を戦わせたことについての論評のようです。つまり、篁村たちに直接賛否の意を表明しているわけではなく、新聞上での一般市民たちの投書による議論に寸評を加えているもので、横槍といってもいいかもしれません。

そして朗読を学ぶとしたら、テキストは戯曲がいいだの、演説や詩がいいだのということを付け加えています。なので、「賛同するもの」と言い切ってしまっていいものか、決して間違いではありませんが、少々単純化しすぎのように思えます。全集22巻に所収のこの「朗読法につきての争」、ニュースの書き手は読んだのかどうかわかりません。

 

 

こんな書簡、発見されて何の意味があるの?

ニュースにはこんなふうにありました。「鴎外の初期創作活動を知る上での貴重な資料だ」と

一般人にはイマイチこの感覚がわかりません。そんなに意味あるかと、正直言って思わなくもありません。

おいおいおいおいちょそんな身もふたもないこと言われたらちょたまんないよ。意義あるよ意義。しかも一般的な意義のみならず、鴎外なだけの特別な意味もあるよ。

 

新資料発見の一般的な意義――情報の穴を埋める

 

まず一般的な意義として、たとえば「鴎外の生涯」という一冊の本をイメージしてみてください。

この本には鴎外の生涯が余すところなく記載されています。(なんか精神世界関係でこんなんあったような・・・。)

でもこの本はいたるところが破れています。たとえば鴎外が35歳の4月15日は、どこにいて何をしていたとか。そういうページは破けていて知ることができません。

今回の資料は、1891年2月27日に鴎外は饗庭篁村(あえばこうそん)宛に手紙を書いたという確かな記録になります。破けていたページが見つかったというわけです。

それに加えて、1891年2月27日までには「朗読法につきての争」という短論文を書き上げていたという事実もわかります。

こんなふうに鴎外の一挙一動を余すところなく解明するのが、鴎外研究のひとつの役割であり、果てしなき野望です。

この新たに見つかった書簡がもたらす情報は、直接には少ないかもしれませんが、間接的にはもっと大きな情報をもたらしてくれるかもわかりません。だからささいなように見えても、新たな資料は重要です。

しかも鴎外が持っていた道具とかではなく、鴎外自身の書簡です。歴史資料において、モノよりも言葉のほうがはるかに重要であることは論をまたないでしょう。ツボ一つと書簡では重要度がはるかに違います。もしこれが古代ならなおさらです。たとえば哲学者はソクラテスが作った石細工が見つかっても無反応ですが、ソクラテスが書いたメモとか手紙なんか見つかったら大騒ぎです。(無反応ということはないでしょうけど笑)

 

鴎外ならではの意義――史伝にのめり込んだ鴎外

鴎外ならではの意義としては、鴎外自身の創作活動にあります。

小説『舞姫』を皮切りに論壇へ小説家としての名を成した鴎外は、以降、数十年の沈黙を経て、壮年期に再び文学に向かい始めます。

そして旺盛な創作意欲で次々と作品を発表する中、その創作ジャンルに徐々に変化が見られます。

単純に言うと、現代小説→歴史小説→史伝と、どんどん歴史研究の方向に関心が移り変わっていくのです。

現代小説の傑作は『青年』や『雁』。歴史小説の傑作は『阿部一族』や『山椒大夫』。史伝の傑作は『澁江抽齋』や『伊澤蘭軒』です。

 

要するに、フィクション性がどんどん薄れていっていると言えます。

史伝に関してはフィクションをすべて排除しようという鴎外の意気込みが伝わってきます。

史伝は内容そのものを読むというより、鴎外の執筆姿勢を読むという感覚に近いです。文学作品として読もうとしてもきっとつまらなくて挫折すると思います(笑)

新書簡の発見による鴎外ならではの意義とは、史伝を書き、歴史研究に晩年の創作意欲を捧げた鴎外だからこそ、こうした事実の発見というのは、特別に意義あるものになってくるという、ややふんわりした感想ですが。

 

 

公開される場所は文京区本郷の森鴎外記念館

さて、書簡は文京区の鴎外記念館で2月2日より公開予定とのことです。

 

森鴎外記念館公式サイト

 

コレクション展「鴎外終焉(仮称)」2017年2月2日~2017年4月2日とあるのが、それっぽいですね。

 

しかし、書簡の生原稿を見ることはできても、一般人の私たちが解読することはおそらくできないでしょう。それほど昔の字は現代とは乖離しています。

ただ、新しいコレクションの公開ということで、イベントとして講座や講演が開かれる可能性は高いと思います。そういったものに参加することで、グッと知識も深まり、縁遠かった文学資料が身近なものにも感じられます。

 

鴎外記念館は、文京区本郷の藪下通りに面しています。10分ほど歩けば谷中銀座もあるので、行く前や帰りに、谷中銀座の商店街に寄ってみるのも楽しいかと思います。

 

この新書簡の宛先である饗庭篁村について紹介している記事です。両者の力関係から、書簡を書いた鴎外の気持ちを想像してもいます。

新発見の鴎外書簡、宛先の饗庭篁村(あえばこうそん)との関係は?代表作『むら竹』も紹介