『わが秘密』(ペトラルカ対話篇)あらすじは天国編なしのダンテ『神曲』

イタリアルネサンス初期の詩人フランチェスコ・ペトラルカ(1304-1374)。

俗語断片詩集『カンツォニエーレ』や音楽家リストによる『ペトラルカのソネット』で知られています。

同時代にダンテやボッカッチョがおり、ペトラルカは「ルネサンスの父」とも言われています。

 

彼は詩人としての活躍だけでなく、哲学的な著作も多く書き残しました。

そして彼は論文的な著作のほかに、プラトン的・キケロ的な対話篇をいくつか執筆しました。

その中でも、生前に誰にも公開しなかったとされる対話篇が『わが秘密』です。

今回は、この『わが秘密』という対話篇の構造と、内容のあらすじについて書きます。

 

対話篇『わが秘密』の登場人物と舞台設定

登場人物は以下の3人です。

  • フランチスクス(Franciscus) 不幸感に苛むペトラルカ自身
  • 真理の女神(Veritas) 彼の救済のために天上から降りてきた
  • アウグスティヌスの霊(Augustinus) 真理の女神と同様

対話の舞台は、おそらくペトラルカの自宅であり「ひっそりとした場所」としか言われていません。

 

 

プラトンやキケロの対話篇と大きく異なるのは、その密室性・秘匿性ですね。

プラトンやキケロの対話篇の舞台は、誰かの邸宅であったり、人物が大勢いたりと、公開性が高いです。

それに対してペトラルカの対話篇は、自分と真理の女神や過去の偉人アウグスティヌスの霊といった、観念的な存在が対話相手です。

この意味では、『わが秘密』は後期古代ローマの哲学者ボエティウスの対話篇『哲学の慰め』に大きく示唆を受けていると言えます。

 

『わが秘密』の内容構成について

『わが秘密』は序文と全三巻の対話篇で構成されています。

真理の女神は対話に先立つ序文において語るのみで、本編の対話では沈黙のうちに見守るという設定になっています。序文で少し話して、あとはずっとセリフはなしです。

本編はフランチスクスとアウグスティヌスの二人でなされる「直接対話篇」です。内容としては、フランチスクスが苛まれる不幸感の原因について、アウグスティヌスが対話を通じて分析し、フランチスクスの魂を治療しようと試みるものです。

※直接対話篇=セリフだけの脚本のようなもの 間接対話篇=「誰々は~~と言った」というようにト書きがあるもの。

 

さて、『わが秘密』は前書きおよび三日間の対話で構成されていると言いました。

三日間の対話は、それぞれ第一巻・第二巻・第三巻と分けられています。

 

第一巻では人間のみじめさとそこから脱する方法の一般論を説いています。

救済の方法としてアウグスティヌスは「死の省察」というものをすすめます。

それと同時に、意に反して不幸な状態に置かれていると主張するフランチスクスを論駁し、救済を望む意志が弱いことを認めさせます。

 

第二巻ではフランチスクスの意志を妨げている具体的な苦しみ(情念)に迫ります。

キリスト教における七つの大罪を基礎に、傲慢・嫉妬・大食・淫欲(情欲)・怠惰(鬱病)・貪欲・憤怒と、その他に野心が挙げられ、それらの情念を取り除くべく対話を重ねていきます。

 

第三巻でフランチスクス最大の苦しみの原因である恋人への愛と、地上の名誉欲が取り上げられます。

アウグスティヌスはこれらの情念の一つ一つを徹底的に吟味していきます。

ときにはフランチスクスが否認しても、それは自覚がないだけで実はその病に陥っていることを、対話を通じて明らかにしていきます。

 

対話の主題と結末との矛盾

このように、対話の主題は、彼の不幸の原因や内実と、その治療の方法であり、全編にわたってアウグスティヌスがフランチスクスの生き方と考え方を一方的に論駁し、否定しているという内容です。

 

しかも対話の結末は、アウグスティヌスの勧める生き方をフランチスクスが拒んで終わります

 

以上のように、この作品は自己救済を目的に書かれたはずなのですが、結末においてその試みは全く成功しているように思えません。

なぜでしょうか? ここに、ペトラルカの闇が広がっているように思えます。

 

また、この作品が文学作品として完成されていること自体、奇妙であるように感じます。

というのも、執筆の目的が自己救済だけであれば、完成された文学作品として書く必然性はなく、対話篇で書く必然性もないはずです。

しかも、ペトラルカの言葉を信じれば、『わが秘密』は生前には公開していないのです。(ただしペトラルカはしょっちゅう嘘をつきます。)

 

ある研究者は『わが秘密』を「(ダンテ『神曲』の)天国篇を欠いた魂の遍歴物語」と表現しています。

 

『わが秘密』という対話篇に異様な雰囲気を感じて頂ければ、この記事はまあまあうまく書けたことになります。

次回は、序文の内容などを見ていきたいと思います。

ペトラルカ桂冠詩人

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