夏目漱石「現代読書法」は、明治39年に雑誌に掲載。内容は、洋書の読み方であり、多読による英語勉強法の提案です。
明治39年9月は、芸術小説『草枕』を出版した年月であり、暮れには芥川龍之介らが列席した「木曜会」が結成されました。
ちなみに漱石の年齢は分かりやすくて、明治39年は39歳です。
(関連記事)筋を読まずに小説を読めるか?『草枕』におけるプロット無視の読書法
青空文庫未収録。新字新かな。適宜ルビ( )や改行をほどこしてある。
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夏目漱石「現代読書法」
多読せよ
英語を修むる青年は、或(ある)程度まで修めたら辞書を引かないで無茶苦茶に英書を沢山と読むがよい。
少しわからない節があって其処(そこ)は飛ばして読んでいってもドシドシと読書してゆくと終には解るようになる。又前後の関係でも了解せられる。それでも解らないのは滅多に出ない文字である。
要するに英語を学ぶものは日本人がちょうど国語を学ぶような状態に自然的慣習によってやるがよい。即ち幾遍(いくへん)となく繰返し繰返しするがよい。チト極端な話のようだが之も自然の方法であるから手当り次第読んでゆくがよかろう。
彼の難句集なども読んで器械的に暗唱するのは拙い。殊に彼の様なものの中から試験問題等出すというのは愈々(いよいよ)つまらない話である。何故ならば難句集などでは一般の学力を鑑定する事は出来ない。学生の綱渡りが出来るか否やを視る位なもので、学生も要するにきわどい綱渡りは出来ても地面の上が歩けなくては仕方のない話ではないか。
難句集というものは一方に偏して云わば軽業の稽古である。試験官などが時間の節約上且(かつ)は気の利いたものを出したいと云うのであんなものを出すのは、動(やや)もすると弊害を起こすのであるから斯様(かよう)なもののみ出すのは宜しくない。
音読と黙読
英語の発音をなだらかにする場合には稽古として音読することもあろう。又謡うべき性質の詩などは声を出すのもよかろうが、思考を凝らして読むべき書籍をベラベラと読んでは読者自身に解らないのみならず、あたりのものの迷惑な話ではないか。
嗜好書籍
嗜好(しこう)書籍を一々挙げろと云ったところで、今日の如く多忙の世の中に、愛読書と云って朝夕くりかえして読んで座右を離さないというような事は、閑暇(ひま)な人には出来るかも知れないが我々のようなものには二回も三回も繰返し仕たいものがあっても忙しいので出来ない訳である。又、二遍も三遍も繰返して見るベき書物も亦(また)少いのである。
(文責在記者) (明治39年9月10日『成功』に収録)
漱石の提案する英語勉強法・読書法とは?
短い文章ですが、要点をまとめると次のとおりです。
- 辞書を引かずに多読せよ!
- 何度も繰り返して読め!
- 単語集は使わなくてよし!
- 何でもかんでも音読するな!
- オレの好きな本なんかない!
「ある程度(英語を)修めたら」多読すべきと言っています。ある程度がどの程度なのか分かりませんが、高校英語修了程度でしょうか。
センター試験で7,8割程度の得点を取れれば、ある程度と言えるような気がします。
センター試験の過去問・解答・解説はネット上にいくらでも転がっているので、試してみるとよいかもしれません。
そして相変わらず、自分の好きな本なんかないというひねくれた漱石。
この時期、読書法や愛読書について、ひっきりなしに原稿を依頼されている漱石。何が気に食わないのかわかりませんが、愛読書なんかないと言いまくっています。
これまでは、「愛読書はないが好きな本ならある」「文章修業に役に立った本はないが好きな本ならある」という言い方をして、具体的な書物をいくつか書いていました。
しかし今回は、オレは忙しいんだ、好きな本なんかないと、何一つ答えてくれません。
「現代読書法」というタイトルなのに内容は英語勉強法であったり、なんとなく違和感があるので、何かトラブルがあったかもしれませんね。
最後の「嗜好書籍」の段落など、信じられないほどトゲがあります。
(文責在記者)といちいち断ってあるのも、妙な感じです。雑誌記者の態度や「成功」という雑誌が気に食わなかったりしたかもしれません。
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