小林多喜二『蟹工船』あらすじと評価|三浦綾子『母』映画化情報も




小林多喜二と、多喜二の母を描いた小説『母』(三浦綾子作、1992年)が、2017年に映画化されます。

「母 小林多喜二の母の物語」。監督は山田火砂子、主演は寺島しのぶと塩谷瞬。

全国の映画館で上映されるわけではないので、観ようと思ったら、上映館を検索する必要があります。

ちなみに東京では、新宿の「K’sシネマ」と、立川シネマシティの2館だけです。(立川での公開は4月)

映画「母」公式サイト 上映日程

 

この記事では、小林多喜二の簡単なプロフィールと、代表作『蟹工船』を紹介します。

小林多喜二のプロフィール

小林多喜二は、戦前のプロレタリア文学の代表者といったイメージですね。『蟹工船』は、プロレタリア文学の代表作として名高い作品です。

多喜二は1903年、秋田県生まれで、北海道で学生生活を送りました。学生時代から、「小説の神様」志賀直哉に私淑し、また葉山嘉樹(はやまよしき)というプロレタリア作家の影響などを受けながら、習作時代を過ごしています。

卒業後は、同地の北海道拓殖銀行小樽支店に就職しました。銀行マン多喜二

意外に知られていないかもしれませんが、『蟹工船』の作者が銀行員だったというのは、ちょっとおもしろい取り合わせです。銀行や金融なんか資本主義の最前線・資本主義精神そのものですからね。

 

銀行に勤めるかたわら、1929年夏(昭和4年)『蟹工船』を「戦旗」という雑誌にて発表しました。「戦旗」とは全日本無産者芸術連盟、通称ナップというプロレタリア文化運動組織の機関誌です。そして多喜二は、『蟹工船』発表のせいか同年秋に、勤務する拓殖銀行を解雇されてしまいました。

翌年(1930年)3月に上京、その翌年(1931年)には共産党員になり、治安維持法等に反する非合法の生活に入りました。それまでは、ナップに所属した芸術家(作家)ということだけだったのですが、共産党員となることで多喜二の存在自体が当時の日本の法律に抵触するようになってしまったわけです。

共産党員としての生活を送っていた1933年2月20日、特高警察のスパイの計略により、多喜二は逮捕されます。そして同日の取り調べの際、寒中で裸にされた挙句、特高からの暴行を受けたことにより、命を落としました。

多喜二の作品は、『蟹工船』のほか『転形期の人々』『党生活者』などが有名な作品です。

 

2008年頃の『蟹工船』のリバイバル

『蟹工船』はおよそ10年前、2008年に、なぜかリバイバルの大ブームになりました。

wikipediaによれば、当時は「ネカフェ難民」などという言葉が流行し、現代の一般庶民の暮らし向きが悪くなっている閉塞感から、『蟹工船』が再注目されたものと思います。

日本共産党が嬉しそうにしていたことが、記憶に残っている方も多いはずです。

ブームの翌年、2009年には松田龍平主演で映画化。また、まんが化されたり、文学館が読書感想文を募るなど、ブームの大きさを物語りますね。

 

しかし、まあはっきり言って、『蟹工船』はかなりきつい小説です。いわゆるエログロ的な描写です。

小説家の島田雅彦氏が、『蟹工船』を「あまりおもしろくない」と評しているとか。その通り!

 

『蟹工船』あらすじ

冒頭はこう始まります。

「おい地獄さ行(え)ぐんだで!」

 

どぎつい方言で始まる驚くべき書き出し。いきなり蟹工船に乗り込むところから始まります。

そして漁夫の一人が、仲間の乗組員の手をとり、ポケットに入れた小さい箱を触らせて、

「ヒヒヒヒ……」と笑って、「花札(はな)よ」と云った。

 

このように、『蟹工船』の物語は、異様な雰囲気で始まります。

蟹工船は当時、年間23万箱のカニを捕獲し、当時の金にして約800万円もの売り上げを擁する漁業でした。

出港する30隻あまりの工船の1隻が、小説の舞台です。乗組員はみな貧しい農業者、職にあぶれた労働者、学生や少年といったメンツ。

その工船における、彼らの住み込みの労働と生活を描きます。

 

荒俣宏氏による『蟹工船』評価

荒俣氏は『プロレタリア文学はものすごい』(平凡社新書)という本の中で、小林多喜二にかなりのページを割いています。

上記の本で荒俣氏が伝えたいことは、ざっくり言うと、「プロレタリア文学と聞くと、党派性に満ちた共産主義ヨイショ文学だと思うだろう。確かにそういう側面もある。でも実は、そんな側面を抜き取ったとしても、文学作品としてものすごく面白いんだよ」ということです。

 

荒俣宏氏は、小林多喜二『蟹工船』についてこんなコメントを与えています。

  • ふつう、まともな小説では登場人物を「ヒ」で笑わせることができない。
  • ……この漁夫の笑い方には「ベラベラ」というのもあった! ベラベラ笑うという発想に、虚を衝(つ)かれた。現代マンガのキャラクターですら、ベラベラとは笑わないと思う。
  • 多喜二は執拗に異様なオノマトペを繰りだし、読むほうの頭を混乱させようとする。

そして、「全編これ「糞」と「性」のオンパレード」と指摘し、『蟹工船』を「スプラッターホラー小説」と評価します。非常におもしろいコメントだと思います。

  • 『蟹工船』のスプラッターホラー性は、まさに政治的には無意味なほどの残虐趣味にまで立ち至っている。

 

『蟹工船』の結末

乗組員たちは、過酷な労働と生活を強いられ、ストライキを決行します。しかし、資本家側の工船監督である浅川という人物が、護衛の海軍を呼び出し、ストライキはあえなく失敗に終わります。

さらに強化された監視のもと、いっそう過酷さを増した労働が始まりますが、労働者たちは「もう一度!」と立ち上がります。

 

そして多喜二は『蟹工船』の最後を、次の一文で締めくくっています。

――この一篇は、「殖民地に於ける資本主義侵入史」の一頁である。

 

こうしてプロレタリア文学の様相を帯びています。

なお、一般的な評価としては、ルポルタージュ文学の先駆などと言われています。あるいは、フィクション化されたルポルタージュ。

多喜二が蟹工船に乗りこんだわけではなく、北海道の漁業組合員や、実際に乗船経験のある漁夫からの取材によって書きあげられた小説です。

 

とはいえ、先ほどもリバイバルの段落で述べたように、内容は読んでいて気持ちのいいものではありません。

個人的にはこんな作品がブームになったことが、異常な事態であったと考えています。

もしかすると、まんが界においては、ホラーというか、描写がきついまんがが流行しているので、その影響もあるかもしれません。(これも異常なことだと思いますが。)

 

ちなみにもう一つの代表作『党生活者』のほうは、残酷な描写はずっと少なくなり、ギャグも交えた読みやすい作品です。

個人的には小林多喜二であれば『党生活者』を圧倒的におすすめします。

 

補足 映画『母 小林多喜二の母の物語』について

ちなみに、新たに映画化される『母 小林多喜二の母の物語』は、原作が三浦綾子という作家によるものです。

三浦綾子さんは『氷点』に代表される、キリスト教文学に属する小説家ですし、予告編を見る限り、残酷映画になることはなさそうですが。

監督は山田火砂子、製作の「現代ぷろだくしょん」というのは、映画『蟹工船』の製作会社でもあります。

上映館は少なく、東京では新宿の「K’s シネマ」(2月25日~)および「立川シネマシティ」(4月公開)の2つしかありません。

「この世界の片隅で」のようにSNSで評判になれば、拡大上映されるかもしれません。