バーナムの生涯と人生の実話を語る!グレイテストショーマンの実在モデルは映画よりひどい批判を受けた?

大ヒットミュージカル映画「グレイテスト・ショーマン」の実在したモデルP・T・バーナム

彼は、幾度の失敗をも乗り越えた苦労の商人でした。

 

 

 

映画公開後に観客の口コミで話題を呼び、現在もなお上映が続くほどに人気となったミュージカル映画「グレイテスト・ショーマン」。

まだ観ていない!という方は若干ネタバレも入ってしまうのでご注意下さい!

  • 「幼い頃から商売を始めていたバーナム。」
  • 「数々の失敗と見舞われる災難。」
  • 「物議を醸しながらも愛された実業家」

 

ミュージカル映画好きな私ももちろん観に行きましたが、音楽・映像・良いテンポのストーリーに感動の鳥肌が立ちました!

そしてなんとなんと、実在した人物の物語だと言うじゃないですか!

調べれば調べるほど惹かれるバーナムの魅力・・

今回はそんな100年以上前に一世風靡をした、実業家であり複数の商人の顔を持つ「P・Tバーナム」の生き様をご紹介致します!

 

グレイテストショーマンの実在モデルP・Tバーナムの苦難と逆境に勝つ成功法!

ミュージカル映画として大ヒットを飛ばしている、ヒュージャックマン主演の「グレイテスト・ショーマン」の主人公は実在した人物!

数々の失敗を乗り越えた商人の顔とその成功法とは?!

 

その1.12歳から始めた商売。事業の失敗そして収監・・・

映画はやはり多少の着色がされていますので、既にご覧になっている方は少しギャップを感じる箇所があるかと思いますが、今回は映画の紹介ではなく、主人公のモデルになった「P・Tバーナム」についてなのでご了承下さいませ。

さて、そんな主人公バーナムは今から約200年前の1810年・アメリカのコネティカット州で生まれました。日本では江戸時代の頃です。バーナムの実家は宿屋兼商店でした。(映画でもお父様が仕立て屋の商人でしたね。)

そんな商人の血を継いでか、バーナムも幼いころから商才を発揮していました。自身の作ったスナックやラム酒を兵士に売って稼ぎ始めたのはなんと12歳!稼いだ売り上げで家畜を購入していたそうです。

もう、この辺りから違いを感じますよね。

小学6年生の年頃であれば稼いだお金はお菓子やゲームなどの遊びで消えますもん。少なくとも私は家畜を飼いません。

 

そして21歳には自身で雑貨店を経営し始めます。この雑貨店では宝くじや自作の新聞を販売しており、同時に不動産投機もしていたそうです。やり手ですね。

当時のアメリカは空前の宝くじブームであり、バーナムも販売を行いながら宝くじを大量購入していたのでしょう。しかし採算が合わずに失敗します。

そしてもう一つ大きな失敗、それは商店で販売していた自作の新聞「ザ・ヘラルド・オブ・フリーダム」で数件の名誉棄損で訴えられてしまったのです。

結果、バーナム収監・・・

 

新聞の内容までは分かりませんが、数件の名誉棄損の訴えがあったということは中々責めた新聞記事だったのでしょう。

このことからお金を稼ぐことへの強気の姿勢と少々過激と取られるタイプの青年であったのだろうと感じます。

うーん。。ヒュージャックマンが演じていたバーナム像とは若干の差があります。笑

その後のバーナムはニューヨークに移り住み、新たな事業を始めますがこれがまた人々の波紋を呼ぶまさに炎上商法でした。

 

その2.見世物小屋でホラ吹き炎上商法!

ニューヨークに拠点を移したバーナム。次なる事業は「見世物小屋」でした。

現代に見世物小屋なんてないのでイメージが沸かないかと思いますが、つまりは物珍しさをうたって動物やら人やらを披露する舞台のようなものでしょうか。

日本にも昔ありましたが、基本あまり良いイメージは持たれないかと思います。なんてったってマイノリティな人を「珍しい見世物」として出演させお金を稼ぐわけですから、人権侵害だの問題になるわけです。今から200年前とは言え、世間の評判はあまり良いものではありませんでした。

 

そんな見世物小屋で当時25歳のバーナムが最初に披露した人物。

それはジョージ・ワシントンの元乳母であった黒人女性「ジョイス・ヘス」でした。彼女は当時161歳を超えていると噂のあった人物です。

バーナムは見世物小屋に出演させるべく彼女を買い取り、ジョージ・ワシントンの幼少期の話を観客の前で披露させました。

そしてより観客を集めるために「ジョイス・ヘスは実は機械仕掛けの人形であり、腹話術師が話しているんだ!」と大嘘の噂を流しました。

今ならツイッターなどのSNSですぐに嘘がバレてしまいますが、当時は情報も少ない上に実際に観に行かなければ真相は分かりませんからね。過大広告とでも言いましょうか。

 

とにかくあらゆる方面で物議を醸すわけです。

ましてやその2年後にヘスが亡くなると「公開検死ショー」まで開催。見学料は一人50セント。

検死まで見世物にしておきながら解剖結果は「161歳どころか70歳も超えていない女性」でした。

サバ読み90歳。

 

いかがです?笑 なんだかバーナムに嫌悪感まで芽生えてきやしませんか?

それほどに過激なショーを行っていた見世物小屋ですが、ヘス以外にも人気を誇るスターがいました。

最も有名だったのは結合双生児であった「チャンとエン」です。

現在のタイ(当時のシャム)に生まれた彼らはシャム双生児と呼ばれ、現在でもその呼び名は使われています。二人はそれぞれ結婚し、62歳まで長生きした有名な結合双生児だったので写真も数枚残っています。

グレイテスト・ショーマンでも彼らをモデルにした人物が出演していますね。

しかも一人は日本人の有名ダンサーだそうです。

批判の声はありながらもショーのスターとして活躍した彼らにはファンも多かったことでしょう。

バーナムはそんな見世物小屋巡業で儲けたお金で更に事業を拡大するべくニューヨーク市にあった「スカダーのアメリカ博物館」を買い取り「バーナムのアメリカ博物館」としてこれまた珍しい各国のコレクションを展示しました。

展示物は人魚のはく製や巨人・小人の写真・ガラス製のスチームエンジンなどなど。

恐らくUMA好きだったり今はなき雑誌「ムー」が好きだった人なんかであれば一度訪問したくなる博物館であったと思われます。

私も非常に興味がそそられましたが、残念なことにバーナムの博物館は二度に渡る原因不明の火災に見舞われ消失してしまいました。

しかし、そんな逆境をも利用する彼の商人としての力は衰えることはありません!

 

その3.世間の批判を買いながらも数々の功績を残した天才商人バーナム!

バーナム30代の頃には見世物小屋でさらなるスターが生まれます。

その名はチャールズ・ストラットン。

ショーでは「親指トム将軍」として人気を博します。親指と名付けられたのも彼が小人であるからです。

そんな彼の人気にあやかりバーナムの見世物小屋一行はヨーロッパ巡業を行います。

 

なんと巡業期間中には英国のヴィクトリア女王にも面会しているんです!

 

そしてそのヨーロッパ巡業で新たな事業に発展する出会いがあります。

出会ったのはスウェーデンのオペラ歌手「ジェニー・リンド」

彼女を一目見ただけで「売れる!」と確信したバーナム。

 

当時のアメリカではオペラという文化的・芸術的娯楽がなかったためにバーナムもオペラなんて聞いたことがありませんでした。

それなのに売れる!と思ったバーナムはプロデューサー的センスが備わっていたんでしょうね。この読みは大当たりし「スウェーデンのナイチンゲール」としてアメリカでオペラが大ウケします。

アメリカで彼女の150もの舞台を演出するという大きな仕事を成し遂げたバーナム。もちろん映画でも重要なシーンの一つとなっていますね。

その後一度は興行界から引退するんですが、相当な借金もしていたようで債権回収に追われたために2年で現場復帰(笑)

博物館が火災にあってしまった後は「地球最大のショー」と題してサーカス巡業に繰り出します。

 

この時バーナムは60歳を過ぎていました。

サーカス巡業には専用列車を利用し、現在でもその名残りが残るサーカス列車が存在します。そして、サーカスをより大きくするため新たなパートナーであるジェイムズ・ベイリーとともに「バーナム・アンド・ベイリー・サーカス」を立ち上げ世界中を周りました。

この当時のスターは人ではなく6トンにもなる巨大なアフリカ象の「ジャンボ」

ジャンボ人気を確信したバーナムはすぐさまジャンボのオリジナルグッズを作り販売しました。

ポストカードにジャンボ帽子・ジャンボキャンディーなどなど。

上野動物園のパンダグッズのようなものですね。やはりバカ売れしました。バーナムの商人としての目の付け所は流石です!

 

晩年のバーナムは自伝書やビジネス書などを書いて過ごしました。なんと死ぬ直前にも次に出版するべく本のタイトルを奥様に伝えていたようです。

最後までハングリー精神を忘れなかったバーナム。

コネティカットでの雑貨店から始まり、事業の失敗と収監、博物館の二度の火災と借金・・・

そして見世物小屋で儲けることへの世間からの批判は絶えずあったようですが、スターの一人であった親指トム将軍ことストラットンは「バーナムがいなければ誰も私たちのことを人間だと認めてくれなかった。」と言葉を残しています。

彼らにとって一見不自由に見える体を個性として最大限生かし、スターとして収入を得れる素晴らしい舞台であったのかもしれません。

 

そしてバーナムも自身の儲けだけを考える人物ではありませんでした。

彼は「儲けることができる慈善事業」を実践し、そのお金を数々の公園・博物館・美術館に寄付をしました。

なかでも生物学の発展を祈り建てられたタフツ大学に5万ドル(現在価値で1憶5千万円ほど)の寄付をし学業に励む学生達に大きな貢献をしました。

どうでしょう?

バーナムに対する印象がまたしても変わったんじゃないでしょうか?

 

人権に関する問題は現代でも様々な見方がありますが、彼は決して冷酷なビジネスマンではなく、心があったからこそ信念を曲げずに活動を続けることが出来たんではないでしょうか。

そんな彼の生き様を知った上でグレイテスト・ショーマンを観るのも絶対楽しいはず!

まだ観ていない方にもスーパーお勧め映画ですよ~!

 

まとめ:グレイテスト・ショーマンのモデルP・Tバーナムの苦難と逆境に勝つ成功法!

 

  1. 「12歳から始めた商売。事業の失敗そして収監・・・」
  2. 「見世物小屋でホラ吹き炎上商法!」
  3. 「世間の批判を買いながらも数々の功績を残した天才商人バーナム!」

 

何度も失敗を重ねながらも前向きな姿勢と根性で挑戦し続けたバーナム。

当時の彼のショーは見ることが出来ませんが、是非映画グレイテスト・ショーマンで感動のショーを体験してみて下さい!


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