森鴎外『舞姫』のラスト1行の解釈です。
嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこゝろ今日までも残れりけり。
なぜ、相沢を憎むこころがあるのでしょうか?
その解釈をご紹介します。
なぜ豊太郎は人知れぬ恨みを抱いている?
舞姫という小説は、冒頭のシーンとラストのシーンが時間的に連続しています。
房の裡にのみ籠りて、同行の人々にも物言ふことの少きは、人知らぬ恨に頭のみ悩ましたればなり。
この人知れぬ恨みというのが、相沢を憎む心と同じですね。
このラストのような、主人公が友人を憎むという心はそれまでの日本の小説にはなかった考え方です。
もしも舞姫が単なる出世物語だとしたら、どうでしょう?
この結末はありえないですよね。
自分の出世の糸口を作ってくれた相沢に、豊太郎は心から感謝の念を述べてめでたしめでたしです。
しかし『舞姫』では豊太郎は
- 一方で相沢に感謝をしながらも
- 他方で憎しみの気持ちを抱いています。
どうして鴎外はこんな煮え切らない青年を描いたのでしょうか?
鴎外自身の心情が豊太郎に現れている?
おそらくそれは鴎外自身が留学を終えてドイツから日本に帰国するときに、この豊太郎のような気持ちを抱いたからと考えられます。
ではなぜ鴎外はそんなもやもやした気持ちに、とりつかれたのでしょうか。
1つは、恋人エリスと別れるのが辛かったからです。
留学中に親しくなった女性と別れて日本に帰るのは悲しかったことでしょう。
しかし、この小説で相沢を憎む心が豊太郎に残ったというのは、そのための悲しさばかりではない。
もっと複雑な鴎外の苦しい感情が、そこに込められていると解釈すべきです。
明治の時代背景と鴎外(豊太郎)の自我の衝突
鴎外の心の中には2つの感情がありました。
- 早く日本に帰って西洋帰りの軍医として出世して親の恩にむくいたい気持ち
- 長くドイツに止まって西洋の自由な空気を吸い続けたい気持ち
この両方が入り混じっていたのだと思われます。
これは鴎外ばかりではなく明治初期に西洋に勉強に行った日本の青年達のすべてが味わった悩みでした。(漱石だけは例外)
国からの使命を帯びて外国に勉強しにきた以上、いち早く外国の進歩した知識を身につけて日本の文明や文化の発展ために力を尽くそう。
そう心がけるのが、明治時代のエリート青年たちの心がけであり、また責任でした。
しかし、若き青年鴎外は、おそらくドイツにわたって自由民権の誇りを持つドイツ国民の生活を目の当たりにしました。
すると、自分もそういう中で生活したいと感じたのではないでしょうか。
「もし日本に帰ったらドイツで過ごしたような自由は二度と得られない。」
そう思ったらいくら出世することが大事でも、西洋から離れがたい気持ちを抱くのも無理はなかったことでしょう。
まとめ
相沢を憎む理由を2点あげました。
- 恋人エリスと別れたから
- ドイツの自由な空気を二度と吸えないから
1点目は誰でも分かりますが、2点目はちょっとおもしろい視点ですよね。
(まあ、西洋礼賛が強くて、鴎外の気持ちなるものを勝手に想像しすぎのような気もしますが。)
いずれにせよ舞姫には、そのような留学生の悩みが込められている点で、近代文学として優れているのです。
それに文章は、実に美しく磨き上げられています。
これは鴎外は日本の伝統的な文語文の雅かな響きや口調を十分に教養として身につけていたからです。
それに日本文学とした珍しい例ともいうべき外国人の少女を描いた点でも時代的意義のある小説です。