紫式部の経歴と生い立ちのエピソードは?美人かブスかも考察




『源氏物語』は誰もが知っている古典の名作ですよね。

『源氏物語』の作者紫式部も知っている人は多いです。

 

そんな紫式部について、あなたはどの程度知っていますか?

『源氏物語』を書いていた時、紫式部は何をしていたのでしょうか?

 

とっても気になりますよね!

今回は

  • 紫式部の生い立ちとは?
  • 紫式部の経歴エピソード
  • 紫式部は美人?ブス?

 

に迫ってみたいと思います。

 

きっと新たな紫式部に出会えるはずですよ☆

 

紫式部の生い立ちとは?

紫式部は平安中期の女性作家で、歌人でもありました。

具体的な生年月日はもちろん分かっていないのですが、970年~978年ころに生まれて、1019年ころまでは生きていたことが分かっています。

 

だいたい50年ほど生きていたことが分かっているんですね!

思っていたより長生きかも~

 

父は藤原為時で、下級貴族ではありましたが、天皇に漢学を教えた経歴を持つ漢詩人、歌人でした。

母は紫式部が幼いころに他界、兄と姉がいたそうです。

 

20代のころ、親子ほど年の離れている藤原宣孝と結婚。

一人の女の子を産んでいます。

この子は藤原賢子、またの名を大弐三位と言い、歌人として名を馳せました。

 

当時の女の子で、本名が分かっているってのがすごいことですよね!!

しかも、賢い子だなんて、ねぇーすごい名前だわ。

 

さてさて、紫式部の話でしたよね。戻ります。

女の子を授かった紫式部でしたが、夫藤原宣孝は結婚から3年も経たずして死んでしまいました。

結婚生活はたったの3年弱だったんですね。

紫式部自身、当時の結婚する年よりもかなり遅い結婚でしたし、何より、夫が高齢でしたので、結婚生活が短かったのは仕方がないのかもしれません・・・

 

夫との死別から約5年後、藤原道長の娘、一条天皇の中宮である彰子に女房&教育係として側仕えを始めました。

少なくとも5年ほどはお仕えしていたようですね。

この時、紫式部は40歳を超えています。

 

紫式部の後は、娘の大弐三位が彰子の側仕えを引き継ぎました。

中宮の側仕えを引退した後のことはくわしく分かっていないのですが、引退から死ぬまで10年ほどしかないので、のんびりと余生を楽しんでいたならいいなと思います。

 

余談ですが、今はめっきり見ることも無くなってしまった2000円札

その裏側に紫式部の小さな肖像画と『源氏物語絵巻』の一部が印刷されています。

もし、お持ちの方がいらっしゃったら、確認してみてくださいね♪

 

紫式部の経歴とエピソード。代表作品

さてさて、ここからは紫式部の文人としての活躍を書いていきますよ!

紫式部は3つの作品を残しています。

  1. 源氏物語
  2. 紫式部日記
  3. 紫式部集

 

これらを順に見ていきましょう!

 

紫式部の経歴とエピソード。代表作品1.源氏物語

もう紹介するまでもないでしょうか。

当時の人々はもちろん、現在に至るまで多くの人の心を魅了した長編小説です。

 

その長さはと言うと、400字詰めの原稿用紙で2400枚ほど!!

途方もない数ですね。

 

足かけ10年の年月を費やして書いていきました。

紫式部が『源氏物語』を書き始めたのは、夫と死別した後

夫の死でぽっかりと空いてしまった心を慰めるために、書き始めたのかもしれませんね。

 

当時は紙がとても貴重ですので、紙が手に入ると続きを書くというスタイルでした。

書いたら読んでもらいたいものですよね。

 

紫式部は物語を書くと、仲間に読んでもらい、そこからアドバイスをもらったりしながら楽しんでいました。

最初は少人数で楽しんでいた『源氏物語』でしたが、どこからか評判が広まり、当時の権力者藤原道長の耳にまで評判が届きました。

 

ちょうど、娘である中宮彰子の側仕えを探していた道長は、紫式部を女房兼家庭教師として採用。

道長の支援により、『源氏物語』をどんどん書き進めていくのです。

 

もちろん宮中の中でも『源氏物語』は空前の大ヒット!

女房達は自由時間にみんなで集まって光源氏の一挙手一投足に「ワーワー!キャーキャー!!」。

それはもう仕事どころではなかった・・・・・・・はず。

 

『源氏物語』サロンができあがっていました。

現在、マンガに熱中して勉強どころではないっていうのと同じですね。

1000年前も今も変わらないですよね~

 

女房達だけでなく、中宮彰子、藤原道長も熱中して、早く続きが読みたいからと紫式部をせかします。

道長は高価な紙をどんどん調達してくるのです。

 

一条天皇までも『源氏物語』に興味を示します。

『源氏物語』読みたさに、中宮彰子のお部屋に通われていたとか。

道長としては、紫式部様様ですよ、本当に!!

 

『源氏物語』が書かれてから150年後の平安時代末期には「源氏物語絵巻」として絵画化もされます。

今でも小説や漫画がヒットしたらドラマや映画化されるのと同じ感覚ですね。

しかし、150年後に絵画化だなんて、すごすぎ!

それまで愛され続けていたんですね。

 

いや、1000年経った今でも愛されているんだから、150年なんて当然と言えば当然ですね。

『源氏物語』は日本のみならず、20か国語を超える言葉に翻訳され、世界各国で読まれているんですよ!

 

本当に日本が誇る長編小説ですね。

実は「紫式部」という呼称も『源氏物語』にちなんでいるんです。

紫式部という呼称の由来については様々な見解があるようですが、一般的には『源氏物語』に登場する「紫の上」に由来していると言われています。

 

光源氏が垣間見をして、一目惚れし、まだ幼女だった子(若紫)を自分好みの女性に育て上げたという紫の上ですよ!

いつから紫式部と呼ばれているのかはわかりませんが、「紫の上」が印象に残る読者が多かったんですかね。

 

私も紫の上大好きです!

光源氏が自分の想い人である義母に重ね合わせて見出し、自分好みに染め上げていく・・・

はぁ~切ない。

それでもきっと紫の上は幸せだったんですよね。

おっとっと、登場人物について語っている場合ではありませんでしたね。

では、次の作品にいってみましょう~

 

紫式部の経歴とエピソード。代表作品2.紫式部日記

先ほどの『源氏物語』は作り物語でしたが、『紫式部日記』は、紫式部が宮仕え中に書いた日記や手紙をまとめたものです。

 

今風に言うと、ノンフィクション作品に近い。

 

宮中の様子が中心に書かれれており、歴史的価値も高いものになっています。

『源氏物語』に対しての世間での評判や、同僚女房「和泉式部」や「赤染衛門」、なぜかライバルと称されている「清少納言」らの人物像も書かれています。

 

ここに清少納言の悪口(とまではいかないけど、でも、結構辛辣な言い方しているのよ)を書いているので、紫式部と清少納言はライバル的扱いをされてしまうのでしょうかね。

 

『紫式部日記』もまた、『源氏物語』同様に、鎌倉時代の初期に「紫式部日記絵巻」として絵画化されています。

紫式部への評価って本当に高いですよね!

 

驚くべき事実として、『源氏物語』の作者は紫式部ってことになっていますが、これは『紫式部日記』の記述をもとに推定されているんですよ。

『源氏物語』は紫式部が書きました!

なんて明記されていないもんですから、紫式部が日記や手紙に書いている内容から、「きっと紫式部が書いたんだよね、そうだよね!」ってだけです

今や当たり前になっている『源氏物語』の作者=紫式部の図式が出来上がったわけです。

 

いや~日記とか手紙に書いておいて良かったよ。

10年もの歳月を掛けて、しかもここまで大ヒットして、作者未詳だなんて、紫式部さんが可哀想。

そして、現在にも通じていることもあるんです。

 

『紫式部日記』の1008年11月1日の記述に『源氏物語』が歴史上初めて記録されていることから、11月1日が「古典の日」として定められることになりました。

 

古典の日って、『源氏物語』について初めて記録された日から来ているんですね。

これまた紫式部さんですか。もう「すごい!」って言葉しか出てきませんよ。

日本の古典は紫式部なくして成り立たないんですね。

 

紫式部の経歴とエピソード。代表作品3.紫式部集

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紫式部には歌人の一面もありましたので、紫式部が子ども時代から晩年に至るまで詠んだ歌を収めたのが『紫式部集』です。

父が歌人でしたので、その血をしっかりと受け継ぎ、彼女も歌人の才能を有していました。

120~130首の和歌が収められており、贈答歌が多いのが特徴です。

 

また、歌人としての紫式部でいうと、「小倉百人一首」にも和歌が収められています。

 

めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな

(久しぶりに会ったのに、それがあなたかどうかも分からない間に帰ってしまうなど、まるで早くも雲に隠れてしまった夜中の月のようではありませんか)

 

これは古い友達にあてた和歌で、久しぶりの再会だったのに、ゆっくりと話す時間もなかったという心残りを詠んでいます。

 

【真実】紫式部は美人?ブス?平安時代の美人の条件

1000年前から人の心を掴んで離さない作品を残した紫式部。

容姿はどんなだったか気になりませんか?

とーっても下世話ですが、紫式部は美人だったのか、ブスだったのか、検証してみます!

紫式部というとこの絵が有名ですよね。

この女性、どうですか?

美人?ブス?

 

率直な意見をどうぞ!

率直に言っていいなら「ブス」ですよね。

目は細いし、なんか下膨れだし・・・

 

しかし、平安時代の基準で言うなら、この女性は「美人」なんです!

その時その時で美人の条件って違うんです。

平安時代の美人の条件は5つ!

  1. キメが細かくて色白の美肌
  2. 切れ長な目
  3. 下膨れの頬
  4. おしとやかな口
  5. 長く黒々とした髪

 

これらが重要視されていました。

キメが細かい肌は現代にも通じるところがありますが、切れ長な目とか、下膨れの頬とかは、現代ではどっちかというと好まれないですよね。

 

じゃー紫式部は「美人」なのね!

はい、分かりました~と言いたいところなんですが、残念!!

 

実は、この絵の女性は紫式部と言って描いただけで、紫式部ではないんです。

少し難しいですが、紫式部の自画像は残っていませんし、紫式部の容姿について記述も残っていないんです。

 

この絵は江戸時代の絵師が描いたもので、紫式部の顔は分からないから、平安時代の美人の条件を取り入れて女性を描き、紫式部ってことにしているんです。

 

顔の分からない人を描く際、美人の条件は分かっているんだから、わざわざブスには描かないですよね。

ですから、平安時代の女性はみんな同じような顔の作りで描かれているんですよ。

機会があったら見比べてみてくださいね☆

 

顔が分からないとなると、美人かブスかなんて言えないじゃん!とお思いのあなた!!

外見の美人かブスかは確かに分かりません。

しかし、内面の美人かブスかは判断できます。

 

断言しましょう。

内面で判断するならば、紫式部は「絶世の美人」です!!!

 

平安時代の貴族階級の女性は、家族や親しい者以外の人に顔を見せないことが良いとされていました。

再現VTRとかで、扇子を顔の前に立てて話していたり、御簾越しに会っていたりするのを見たことがありますよね。

まさに、あんな世界です。

 

そのため、外見を見ることができない男性たちにとって、女性が美人であるかどうかを判断するには、「中身」を重視するしかありませんでした。

和歌のうまさや、会話が弾むかどうかなどです。

内面を知って好きになっていた当時は、しっかりと人間の本質を見ていたということですよね。

 

この点において紫式部は100点満点ではないでしょうか。

幼少のころから、兄以上に漢文を読みこなし、父に「この子が男の子なら・・・」と言わしめたエピソードは有名ですよね。

作家としても歌人としても実力を兼ね備えている紫式部は、文句なしに「美人」です!

 

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まとめ:紫式部の経歴と生い立ちのエピソードは?美人かブスかも考察

長々と書いてしまいました。止まりませんでした。

簡単にまとめますね。

  1. 紫式部は『源氏物語』『紫式部日記』『紫式部集』を書いた平安中期の作家であり歌人
  2. 紫式部は中宮彰子の側仕えをしていた
  3. 『源氏物語』は1000年経っても色あせないほどの大ヒット作
  4. 容姿は闇に包まれているが、才能はピカイチで「美人」

 

紫式部がどれほど才能に溢れた女性で、彼女の作品がいかに愛されているかをお分かりいただけたでしょうか。

ぜひ一度『源氏物語』を読んでいただきたい!

 

原文で読むのは難しすぎるし~と言う人は、現代語訳で読んでみてください。

意訳ではありますが

  • 『新源氏物語』田辺聖子
  • 『女人源氏物語』瀬戸内寂聴

 

このあたりが有名です。

しかし、長いんですよ。現代語訳で読んだとしても長いんですよ・・・

 

そこでおすすめしたいのが、マンガです!

特におすすめなのが『あさきゆめみし』です。

 

これはね、名作!絵がきれい!内容がほぼ忠実に描かれています!

上で紹介した現代語訳をした瀬戸内寂聴さんも絶賛です。

 

源氏物語。古文受験対策

最後に、『源氏物語』を習わない高校生はいないんじゃないでしょうか。

ほとんどの教科書に採用されています。

そして、大学入試で頻出の作品でもあります。

 

入試では、教科書に採用されているような有名な箇所は出題されません。

と言うことは、『源氏物語』を全部読んでおく必要があるんですよね。

(まぁ、そこまでしなくても、文法等の知識がちゃんと習得できていれば点数には繋がるんですが)

 

『源氏物語』は、それ以降の作品にもかなり影響を与えています。

そのため、『源氏物語』の世界観を知っているだけで、平安中期以降の作品対策にもなるんです。

もちろん、平安時代の風習、政治なども盛り込まれているので、時代背景を理解するうえでも重要です。

結論、『源氏物語』を読んでおいて損はない!

 

まとめるなんてできないほど、紫式部はすごい人だ!

紫式部と比較されやすい清少納言についても書いているので、そちらも見ていただけると嬉しいです♪

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