恋は罪悪ですよって、なんで?
先生は、恋は罪悪と、何度も私に述べていますよね。
その理由や意味を、考察してみました。
※原文は青空文庫から引用しているので、ルビが入り込んでいます。
下記クリックで好きな項目に移動
恋は罪悪と先生はいった箇所とページは?
上「先生と私」12章です。ページ数は本によって違いますので、一概には言えませんね。
場所的には、12章のまんなかあたりです。引用します。
花時分に私は先生といっしょに上野へ行った。そうしてそこで美しい一対いっついの男女を見た。彼らは睦むつまじそうに寄り添って花の下を歩いていた。場所が場所なので、花よりもそちらを向いて眼を峙そばだてている人が沢山あった。
「新婚の夫婦のようだね」と先生がいった。
「仲が好よさそうですね」と私が答えた。
先生は苦笑さえしなかった。二人の男女を視線の外ほかに置くような方角へ足を向けた。それから私にこう聞いた。
「君は恋をした事がありますか」
私はないと答えた。
「恋をしたくはありませんか」
私は答えなかった。
「したくない事はないでしょう」
「ええ」
「君は今あの男と女を見て、冷評ひやかしましたね。あの冷評ひやかしのうちには君が恋を求めながら相手を得られないという不快の声が交まじっていましょう」
「そんな風ふうに聞こえましたか」
「聞こえました。恋の満足を味わっている人はもっと暖かい声を出すものです。しかし……しかし君、恋は罪悪ですよ。解かっていますか」
ここで出てきます。
どういう意味なのか、私も先生に食い下がります。
「先生、罪悪という意味をもっと判然はっきりいって聞かして下さい。それでなければこの問題をここで切り上げて下さい。私自身に罪悪という意味が判然解るまで」
「悪い事をした。私はあなたに真実まことを話している気でいた。ところが実際は、あなたを焦慮じらしていたのだ。私は悪い事をした」
「どうも仕方がない。この問題はこれで止めましょう。とにかく恋は罪悪ですよ、よござんすか。そうして神聖なものですよ」
とにかく恋は罪悪としか、言いません。
問題は、なぜ、先生は恋愛を罪悪と考えたのか?
それを明らかにするような形で、先生の遺書が書かれます。
恋は罪悪の意味と理由を考察
1【一般解釈】Kとの友情を恋愛で裏切ったから
このように解釈すると、先生は「男女関係よりも、男子同士(親友同士)の友情関係を優位に置いたのだ」ということになりますね。
ただ、それだと、女性としては納得がいかないかもしれません。
2 恋は卑劣な「遅れ」を生むから
Kに対して、何も打ち明けることができない先生。
しかし、Kは心を打ち明けました。そのとき先生は、
私は当然自分の心をKに打ち明けるべきはずだと思いました。しかしそれにはもう時機が後おくれてしまったという気も起りました。
そして、Kを出し抜いて、お嬢さんと結婚することに決まります。そしてKは自ら命を絶ちます。そのKの亡骸を見つけた瞬間、先生はこのように回想します。
私はまたああ失策しまったと思いました。もう取り返しが付かないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯を物凄ものすごく照らしました。そうして私はがたがた顫ふるえ出したのです。
要するに、恋愛によって、先生はふつうの振る舞いができなくなったんですね。
- 鷹揚な性格が失われた
- 嫉妬深さがあらわになった
- 自分の利得ばかり考えるようになった
- そして保身に走ってあらゆる行動が遅れた
- その遅れのせいで取り返しのつかない事態が生じた
このような先生の内面の変化(すべてが悪い方向へ行った変化)が、先生をして恋は罪悪と結論付けたのです。
3 Kに対する劣等感が罪の意識を増幅させたから
Kに対して劣等感を抱いていた先生。
でも、恋愛で出し抜いて、勝利してしまった。それが、本来はかなわない相手に、なにかズルして勝ったような、そんな気持ちを生じさせました。
Kは私より強い決心を有している男でした。勉強も私の倍ぐらいはしたでしょう。その上持って生れた頭の質たちが私よりもずっとよかったのです。後あとでは専門が違いましたから何ともいえませんが、同じ級にいる間あいだは、中学でも高等学校でも、Kの方が常に上席を占めていました。私には平生から何をしてもKに及ばないという自覚があったくらいです。けれども私が強しいてKを私の宅うちへ引ひっ張ぱって来た時には、私の方がよく事理を弁わきまえていると信じていました。
作田啓一氏は、次のように語ります。
「Kは先生の手本であり続けたのです。しかし財産の力と生活者としての知恵では、先生の方が上回っていました。そしてこの力と知恵で、先生はライバルとしてのKを打ち負かし、恋愛の勝者となったのです。
だがこの力と知恵は、先生にとって何ら誇るべき長所ではありませんでした。
それどころか先生の財産を狙った叔父の生活者としての策略に先生は強い嫌悪を感じていただけに、かならずしもフェアとは言えないやり方でKを勝ち抜いた自分に対して、先生は強い罪悪感を抱きました。」
そのうえ先生のこのような行動に対して一言も触れることなく、Kは自らの命を絶ちました。つまり、先生は罪の意識から逃れる道は完全に閉ざされてしまったのです。
まとめ
「恋は罪悪ですよ」と言われる意味と理由を考察してみました。
まとめると、
- 普通には「恋愛で裏切ったから」と解釈される
- 恋愛により全てが悪い方向に変化した。特に取り返しのつかない「遅れ」
- Kに対する劣等感と勝利への罪悪感
恋は罪悪、深いですね。
参考になれば幸いです。
主な参考文献