【おらおらでひとりいぐも意味と感想】若竹千佐子が込めた本当のテーマを徹底解説!

若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』




第158回芥川賞受賞。若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』読みました。
タイトルが宮沢賢治の詩に出てくるフレーズだったので買ってみました。Kindleだと安いです。

その感想や、書評を書いてみます。新人の方なので、若竹さんのプロフィール的なことにも触れてみました。

非常に面白い作品でした。

「芥川賞って、話題性のあるなしで選ばれてるでしょ?」

そう思ってるあなた。
以前の私みたいなあなた。

ちょっと違うかもしれませんよ。

だって『おらおらでひとりいぐも』

めちゃくちゃ面白かったんですもの!

「おらおらでひとりいぐも」ってどんな話? 書き出しと書評

おらおらでひとりいぐも若竹千佐子
書き出し

あいやぁ、おらの頭このごろ、なんぼがおがしくなってきたんでねべが
どうすっぺぇ、この先ひとりで、何如(なんじょ)にすべがぁ
何如(なじょ)にもかじょにもしかたながっぺぇ  
てしたごどねでば、なにそれぐれ  
だいじょぶだ、おめには、おらがついでっから。
おめとおらは最後まで一緒だがら  
あいやぁ、そういうおめは誰なのよ  
決まってっぺだら。おらだば、おめだ。おめだば、おらだ

高等遊民の翻訳
「いや~、わたし最近、ちょっと頭おかしくなってきちゃったかな?」
「どうしよう、この先1人で、どうするかな~」(どうすっぺ、と、何如にすべ、の違いがムズイ!!)
「どうするもこうするも仕方ないでしょ~」
「たいしたことないから、なんだそれぐらい」
「大丈夫、お前には、わたしがついてるから。お前とわたしは最後まで一緒だから」
「え~? そういうあんたは誰なの?」
「決まってるじゃないか。わたしは、お前だ。お前は、私だ」

頭の中で東北弁が止まらないおばあちゃんの話。
頭の中で東北弁による思考たち(複数形)が渦巻いているのです。

といっても認知症のような重い話じゃないんです。
頭の中のたくさんのとめどなくあふれる思考たち(複数形)を小腸の「柔毛突起」と名付けています。いやー、ツボですね。

テーマ的には、暗い話にいくらでもできるのに、東北弁の語り口が、明るい。
ちょっとギャグっぽくて、コミカル調で、読んでてほのぼのしますね。

読んで楽しめそうなおすすめ読者層は3タイプ

読んでほしい読者層としては3つのタイプです

  1. 著者の若武さんと同年代の60前後の女性
  2. 年老いた親と離れて暮らす女性
  3. 子どもと自分の関係が、昔の自分とお母さんの関係に似てるな〜と感じたことのあるママ

きっと、

何か感じ入る部分
さわやかな読後感
自分の人生への刺激

があると思います。

言語哲学や日本語・言葉に興味ある人にも非常に面白い資料

おまけとして「言語や哲学に興味ある人」にとっても、めっちゃおもしろいですよ。

1章がね、言語と哲学のような話で、一人称の問題を、ボケたばあさんが考えてるんです。

東北弁とは最古層のおらそのものである。もしくは最古層のおらを汲み上げるストローのごときものである

人の心は一筋縄ではいがねのす。人の心には何層にもわたる層がある。生まれたでのあがんぼの目で見えている原基おらの層と、後から生きんがために採用したあれこれのおらの層、教えてもらったどいうか、教え込まされたどいうか、こうせねばなんね、ああでねばわがねという常識だのなんだのかんだの、自分で選んだと見せかけて選ばされてしまった世知だのが付与堆積して、分厚く重なった層があるわけで、つまりは地球にあるプレートどいうものはおらの心にもあるのでがすな

主語は述語を規定するのでがす。主語を選べばその層の述語なり、思いなりが立ち現れるのす。んだがら東北弁がある限り、ある意味恐ろしいごどだども、おらが顕わになるのだす

  • 「わたし」というと、着飾った自分が現れる
  • 「おら」というと、最古層の自分が現れる
  • 「主語は述語を規定するのでがす。」

↑このフレーズ!
まるで丸山真男の「精神の古層」やプラトンの対話篇を読んでるかのような、哲学的思考。
それがやさしい言葉であふれてくるんです。すごいな~と感嘆しきり。

若竹千佐子さんのプロフィールは? 経歴ゼロの60代新人

若竹千佐子さん、63歳。岩手県遠野市出身。
若竹さんは55歳のとき夫を亡くしたそうです。
その気分転換でしょうか。息子さんが良かれと思って、小説講座に通うことをすすめたそうです。
その講座になんと8年も通い続け、今回デビュー作で受賞したそうです。

【若竹千佐子氏の経歴】夫との離別。NHK番組で打ち明けた老いの哲学

若竹千佐子さんの小説教室の先生は元編集者で、小説評論家の根本昌夫さんです。

若竹さんが東京・八丁堀での講座を訪ねてきたのは2009年。長く専業主婦だったが、夫を亡くして落ち込み、長男に勧められての受講だった。
昨年まで約八年間指導を受け、「根本さんからは、小説は知的なたくらみのある構造物であるということを教わった」と語る。

東京新聞インタビューより
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201801/CK2018012802000136.html

根本昌夫氏のプロフィールはこちらで紹介しました↓

【根本昌夫氏プロフィール】芥川賞を2人輩出の小説講座の評判とは

おらおらでひとりいぐも評判は?

メディアの説明

「おらおらでひとりいぐも」は遠野の言葉も使いリズミカルに書かれているのが特徴。

うーん。リズミカルかあ?
私はそうは思いません。

決してリズミカルではありません。むしろ標準語しか知らない私たちにとっては非常に異質なものに移ります。

ひらがなが多い。
濁点が多い。

よっぽど読みにくいです。
ただ、意味不明なわけではないです。
心地よい・柔らかいのは確かです。

若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」あらすじ

ここから若干ネタバレ入ります。
注意して読み進めてください。

登場人物

桃子さん:74歳。主人公。独居老人。認知症が入ったのか、見えないものが見えたり、頭の中の声と対話している。よく独り言をブツブツ言っている。

桃子さんの家族構成

おばあちゃん:桃子のおばあちゃん。回想でよく出てくる
周造:夫(美しい容貌の持ち主。既に亡くなっている)
正司:息子(兄。家を飛び出し、以後連絡はほとんどつかず)
直美:娘(妹。40代。つい最近交流が再開、10日に1度母親の様子を見にくる)
さやかの兄:(話に出るだけで、登場はせず)
さやか:直美の娘(孫。7歳。)

さらに最も大切な登場人物が「柔毛突起」。
桃子さんの頭の中の思考たちのことです。

おらの心の内側で誰かがおらに話しかけてくる。東北弁で。それも一人や二人ではね、大勢の人がいる。おらの思考は、今やその大勢の人がたの会話で成り立っている。
ついおめだば誰だ、と聞いてしまう。おらの心の内側にどやって住んでんだが。あ、そだ。小腸の柔毛突起のよでねべが。んだ、おらの心のうちは密生した無数の柔毛突起で覆われてんだ。

章立ては全部で5章。内容は5つの対話。物語の時間は1年。

『おらおらでひとりいぐも』は、5章に分かれています。

  1. 1章では桃子さん本人と「(小腸の)柔毛突起」と名づけられた思考との対話。
  2. 2章では娘直美との電話。
  3. 3章は夫の周造の思い出との対話。
  4. 4章は過去の自分との対話。
  5. 5章は八角山との対話。

(※あくまで便宜的な整理です。本当は、もう少し細かいです。)

構成からも分かる通り、非常にモノローグの多い作品です。
ひたすら桃子さん自身の心のなかの、「何層にもわたる言葉にしにくい感情・思い」を東北弁による思考で探していくという筋を読み取れます。

時間軸は1年です。

  1. 1章は3月。
  2. 2章は梅雨。
  3. 3章は真夏。
  4. 4章は秋。
  5. 5章は12月~3月まで。

5章が長いですね。それぞれ、12月初頭。年初。立春前日(節分)。ひな祭り。
と、季節の行事、イベントの日にエピソードが挿入されています。

とはいえ、物語のベースは、桃子さんの思考。
あらゆる時期、あらゆる年代に自由自在に飛び回ります。
頭ボケ気味なのか、もともとなのか、「桃子さんの思考は飛ぶのである」

「おらおらでひとりいぐも」の読みどころ

「よくぞ頭の中のぐちゃぐちゃの思考をここまで丁寧に描いてくれたなあ」という感動。

ボケかかったおばあちゃんだけじゃなくて、若い世代の男女問わず、頭の中は常にめちゃめちゃ。

それでも「何か自分の中で納得できる命題を得ようと努力する営み」をする桃子さん。

これを描けているのがスゴイ!

「借りものの言葉」を使いたくない桃子さん(むしろ書き手?)の気持ちが伝わります。

たとえば

  • 「わたし」という1人称への違和感。
  • 標準語ではなく東北弁による思考。
  • 内側に沸き起こる思考をとらえようとする営み。
  • 「愛」とか抽象語を明示的に嫌い「惚れだ」と動作語に置き直す。

そもそも、桃子さんが東北弁を強烈に意識しだしたのは小学校一年生のとき、一人称の発声においてであった。
教科書で僕という言葉やわたしという言葉を知ったときの、あやっという感覚。

愛だの恋だのおらには借り物の言葉だ。そんな言葉で言いたくない。周造は惚れだ男だった。惚れぬいだ男だった。

「おらおらでひとりいぐも」の意味とは?

「おらおらでひとりいぐも」

この言葉は、作品中で1度だけ出てきます。

「おら、いぐも。おらおらで、ひとりいぐも」

「おら」は自分(桃子さん)を指します。
「ひとり」は、そのまま「ひとり」。
「いぐも」は、行くです。
「も」は、助詞。意志を表わすのだと思います。「行くよ」的な意味だと思います。

つまり「わたしは、わたしで、ひとりで行くよ」

こんな感じです。

ーー知らない世界、別の世界があるかもしれない。
過去との思い出の声や、絨毛突起との対話の末に、そう考えた桃子さん。

そんな世界があるなら、ひとりでも行く。
そんな意味が込められています。

宮沢賢治の詩「永訣の朝」との関連

そして宮沢賢治。
「おらおらでひとりいぐも」は宮沢賢治「永訣の朝」に出てくる一節のもじりです。

宮沢賢治の「おらおらでしとりえぐも」にちなんでつけた

とメディアや一部サイトで言われていますが、不正確です。

正しくは、宮沢賢治の「永訣の朝」という詩に出てくる一行の詩句です。

「永訣の朝」抜粋

わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ
みなれたちゃわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ

全文はこちらから。
宮沢賢治「永訣の朝」全文

Ora Orade Shitori egumo

これ。「おらおらでしとりえぐも」
ローマ字。ラテン語っぽいですが、ローマ字です。
(ちなみにoraはラテン語で「祈り」。賢治はギリシャローマ文学にも堪能。東北弁の語感に西洋古典語と近しいものを感じたのかもしれません。)

宮沢賢治自身については、若竹千佐子さんの作品中では一切言及されません。

桃子さんは、遠野弁。
賢治は同じ岩手出身ですが、何弁かというと、オリジナルとのこと。

「実はこんな方言はないんですよ。他の作品の方言も、ほとんど賢治のオリジナルなんです」佐藤勝館長に言われたひとことは衝撃的であった。しかしそれも、その時々に眼と心に映ずる心象風景を、よりイメージに忠実なかたちで総合的に表現しようとする、賢治の姿勢のひとつのあらわれであると言われればなるほどと思う。」
参考:https://blogs.yahoo.co.jp/nametokogenmai3gou/40707661.html

びっくりですね。

以降、ネタバレ内容がかなり増えます。
なのでここから先は注意して読み進めてくださいね。

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【ネタバレ注意】おらおらでひとりいぐもの真のテーマは老いでも孤独でもなく〇〇

ここからネタバレご注意ください

 

 

 

『おらおらでひとりいぐも』のテーマは何か?

老い? 人生の最期? 認知症? 
色々考えられると思いますが、私の読み取ったテーマ・主題は「声」あるいは「音」です。

この作品は全章にわたって「あらゆる声との対話」で作られています。

  1. 1章では桃子さん本人と「(小腸の)柔毛突起」と名づけられた思考との対話。
  2. 2章では娘直美との電話。
  3. 3章は夫の周造の思い出との対話。
  4. 4章は過去の自分(過去の姿)との対話。
  5. 5章は八角山(信仰対象に近い)との対話。

第1章では桃子さんの複雑な思考が、魅力的に綴られています。
そして音としては「カサカサ」というねずみの音。
「ズズ」というお茶をすする音。

第2章では絨毛突起は影をひそめ、娘の直美との対人対話です。
頭の中ではあんなに饒舌だった桃子さん。
人の前だと、たとえ娘であっても、言葉が出てこず、ほとんど無口、自分の思いを伝えられないと言う姿が描かれます。
電話での沈黙が、桃子さんを苦悩させます。

第3章では絨毛突起の声を呼び出そうとしても、出てこない!
という恐怖と不安を桃子さんが感じます。
真夏。喫茶店で冷たいソーダの氷をかき混ぜながら、夫周造との出会いを回想します。
ここでは、絨毛突起ではなく、夫と対話しているのです。

第4章では、墓参りに行く間に見る、過去の自分の幻影と対話します。
小学生女の子、恋の喜びを抱きしめる若い女、悲しみに胸ふたぐ女性、老いはじめた中年女性
過去の自分からの声を聴きます。

第5章では、幼い頃からの心象風景である八角山との対話。
八角山が、女性の声を借りて神のように、桃子さんに語りかけてきます。
音としては「めり」という自ら背骨の音を感じます。

この「声」が桃子さんにとっての本質的な問題です。

  • 柔毛突起の声
  • 過去の自分の声
  • 亡くなった夫の声

どれも常識では、妄想として片付けられてしまいます。
しかし、桃子さんにとっては、それが事実なのです。

夫周造を失った悲しみ。
今まで悲しみという概念は理解していたつもりだった。
けれども、夫を喪った時、悲しみとは「身が引きちぎれる」ようなものだと知った。

観念的な表面的な言葉の理解が、あまりにも薄っぺらいと気が付いた桃子さん。
今まで培ってきた知識や常識なんて、実は無に等しいものではないか?

そして聞こえた夫の声。
これは「聞こえた気がする」と言うものではないです。
「確かに聞こえた」のです。

目に見えない世界。
全く別の世界が存在するかもしれない。

そちらの世界に、分け入りたい。
ひとりでも、行く。

目に見えず、聴こえないはずの「声」が、桃子さんを、桃子さんにとっての真実へと導いていく。

だから「おらおらでひとりいぐも」は、「声」がテーマなのです。

もちろん、老いや孤独、生老病死がテーマの背景にあります。
でも、常に明るい。
終わり予感・終わりの足音はするのだけれども、悲惨ではない。
それは、「声による新世界への導き」という主題があるから、だと思います。

まとめ

以上、若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』の紹介でした。

長々とありがとうございました。
この文章をきっかけに「読んでみようかな」とあなたが思ってくださったら、とても嬉しいです。

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1章読んでる途中で、柔毛突起との哲学的な会話に出くわして、
「ああこれはおもしろい、買ってよかった」と思いました。

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4 件のコメント

  • 東北弁の殻をかぶった哲学的作品という講評、そのとおりだと思います。最初の数行からして東北弁だからわかりにくいのではなくて標準語にしても何かよくわかりませんでした。哲学的なんですね。

    最初の数行を私なりに訳しますと

    あーあ、私の頭は最近少し変になってしまったのではないでしょうか。
    私はどうするべきでしょう。これから一人で何をすべきでしょうか?
    何をしてもどうしようもないでしょ。
    それくらいのことはたいしたことではないでしょう。
    あなたには私がついているから大丈夫です。あなたと私は最期まで一緒にいるので。
    あーあ、そのようなことを言うあなたは誰ですか。
    私ならあなたです。あなたなら私です。当たり前のことです。

    私が誰で、あなたが誰かもはっきりしません。東北弁は日本語の曖昧さを凝縮した言語なのでしょうか?誤訳があるためかもしれません。東北弁はオランダ語よりも難しいです。

    • 前野大先生にコメント頂いて、まことに恐縮&光栄でございます!

      若竹千佐子さんは、かなり哲学や言語に関心が深い方なのかなあと想像されますね。
      そして大先生直々の貴重な翻訳、ありがとうございます!
      何如(なんじょ)は英語で言うところのhowに当たりますかね~。

      私も翻訳してみました。
      「いや~、わたし最近、ちょっと頭おかしくなってきちゃったかな?」
      「どうしよう、この先1人で、どうするかな~」(どうすっぺ、と、何如にすべ、の違いがムズイ!!)
      「どうするもこうするも仕方ないでしょ~」
      「たいしたことないから、なんだそれぐらい」
      「大丈夫、お前には、わたしがついてるから。お前とわたしは最後まで一緒だから」
      「え~? そういうあんたは誰なの?」
      「決まってるじゃないか。わたしは、お前だ。お前は、私だ」

      おそらくこれは、桃子さんと絨毛突起の1つとの会話ですよね。
      絨毛突起のリーダーみたいなニュアンスですね。
      冒頭だから、桃子さんは頭の中で誰かと会話しているという印象を与えるものですね。
      これが私たちは、「ああ、ボケちゃったおばあちゃんの話なのかな」と思わせておいて、
      読んでいると、桃子さんはボケているんじゃなくて、ものすごく頭の良い女性なんだと印象を新たにさせられますね。
      頭の回転が速すぎて、自分の脳内で処理してしまう。
      だから娘さんやご主人と話すときは、なんといっていいかわからなくて、なぜか口ごもってしまう。

      そんな桃子さんですね。
      オランダ語よりも難しいのですか!!!(笑)

  • 高等遊民さんは夏目漱石の「それから」に由来するのでしょうか?私も、本来の医学よりもオランダ語の研究に進んでしまったので、自己本位な欧米知識人(の元祖)かもしれません。

    何如は東北弁(岩手弁)というよりは、漢文ではないかと思います。漢文については玄白の方が得意ですが、私の解釈では、何如は「何の如く」で英語のHowよりもWhat、オランダ語ではWatに近いと思います。日本語では、「どのように」とでも訳すのではないかと思います。

    また、「何如にすべがぁ」の「がぁ」という語尾から、この台詞は女性が親しい人に対して少しすねてしゃべっている感じがします。高等遊民さんもそのように訳されています。おらは桃子さんで間違いないと思います。

    では、おめは何でしょうか?高等遊民さんの言うとおり(桃子さんの頭の中の)絨毛突起(のリーダー)だと思いますが、もう少しだけ突っ込んでみたいと思います。
    解剖学的には絨毛突起とは大脳皮質の脳溝のことを言います。ターヘルアナトミアにも脳に意識がおさまっていると書いてあり、私も解体新書にそう訳しました。21世紀初頭の脳科学によると、絨毛突起は脳神経ネットワークから構成され、それらのつながりにより記憶が保持されるというのが定説になっています。ちなみに脳神経の先端のことを樹状突起といいます。
    この小説のテーマは夫と死別して一人になった女性の心情です。深読みしすぎかもしれませんが、おめが指している絨毛突起のリーダーとは「桃子さんの脳神経ネットワークにある周造を記憶している部分」ではないかと思います。人が亡くなるとは覚えている人が誰もいなくなることといいますが、桃子さんの頭にある絨毛突起(脳神経ネットワーク)として周造は生きているのだと思います。

    オランダはスピードスケートだけはまだ強くて悔しいです。なお神経という用語を作ったのは私良沢です。

    • 非常に詳しいご説明ありがとうございます。
      おっしゃるとおり『それから』に由来します。わたしの師は長井代助です。
      絨毛突起って、大脳にあるんですか!!
      わたしは、すっかり小腸の絨毛のことだと思ってました。
      たしかに、脳にあるなら、絶対に脳ですね。そのほうが比喩としても正確です。
      とても勉強になりました。
      そして「神経」という言葉を作ってくださって、ありがとうございます!!
      先生すごいですね。

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